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久々に、シャーマンズ・ハート・プログラム

庭の雑草が伸び放題である。
早くきれいにしなければと思いつつも、毎朝天気予報を見るたびに
やる気が失せていく。
日に日に大きく成長していく雑草たちを見ながら、
もはや手作業での刈り取りは無理なんじゃないか、と思ってしまう。
電動の草刈り機を買ってこようか、業者に除去を委託しようか・・・
いずれにしても自分でやろうという意思はどこかに消え去ろうとしている・・・
取り敢えず今日のところは、雑草のことは忘れることにしよう。

さて、今日のヘミシンク。
モーメント・オブ・レバレーションを立て続けに2回やっちまった後、
シャーマンズ・ハート・プログラム#5を聴く。
シャーマンズ・ハート・プログラムは、ヘミシンクCDの中でも異色である。
ビートの効いたサウンドの渦巻く中、シャーマニックな世界に誘われていく。
今回もご多分に漏れず、アーシーなドラムの音が私の意識を変性意識状態に
ゆっくりと引き込んでいく。
やがて薄暗い空間の中に、人物のシルエットが見えてくる。
シルエットのためはっきりしたことは分からないが、頭に羽のようなものを
つけている。何処かの部族の酋長か何かか・・・

誰だろう・・・と思ってしばらくシルエットを観察するが、人物を特定する事は
出来なかった。
イメージはこれ以上進むことはなかったが、代わりにメッセージが届く。

陽炎(かげろう)を凝視せよ・・・

???
なんのこっちゃ?
全く意味が分からない。
きっとそのままの意味ではないのだろう、と思うが、
じゃあどんな意味があるのだろう。
しばらくすると、様々なヒントのようなものが頭に浮かんでくる。

形の朧気なものをしっかりと見つめることで、そこにあるものを自分のものに
せよ。
形のあるものを見るのは簡単だし、それを理解することも難しい事ではないが、
形の朧気なもの、形の定まらないもの、形のないものを見、信じ、理解するのは
容易なことではない。
そういうものを否定するのは簡単だ。
目に見えないものは存在しない、と言ってしまうのは誰にでも出来ることだ。
だが、本質は朧気なもの、見えないものの中にある。
それを見る努力をせよ。
しっかりと目を凝らせ。

やがてサウンドがフェードアウトしていく。
静かなピンクサウンドの中、今の体験を頭の中で整理する。

見る、と言う行為は、目を使うだけではないと言う意味だろうか。
心で見る、感性で見る、感覚で見る・・・
視覚以外のものを駆使して「見る」努力をしたときに、
見えてくるものとは一体どんなものだろう・・・
間違いなく言えるのは、それらは朧気なものに違いないということだ。

ヘミシンクの体験も、ある意味非常に朧気なものである。
それらをあらゆる手段を講じて「凝視」することで、
自分にとっての何かが見えてくる、ということだろうか・・・

陽炎(かげろう)を凝視せよ・・・

わかったような、わからないような。
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支離滅裂な体験

久しぶりに、シャーマンズ・ハート・プログラムを聴く。
このCDセットには、6つのセッションが入っている。
その中でも、私はセッション5がお気に入りである。
セッション5は、動物の精霊や肉体を持たないヘルパー、ガイドを招き寄せ
共同作業をする、というもの。
この「共同作業」というのが何を指しているのか、今ひとつ判然としないが、
それでもこのCDシリーズは、聴いていて非常に深く入り込める気がする。

アーシーなドラムのビートを中心に、シャーマニックなサウンドが渦巻く。
それにカラスの鳴き声が被さるように響く。
徐々に意識が拡大していくのが判る。そしてだんだんイメージが見えてくる。

・・・人里離れた草原地帯。
電気や街灯は一切ない、星の瞬きだけが唯一の灯り・・・
そんなイメージの場所で自分の意識がどんどん拡大していく。
意識が拡大して行くにつれ、やがて草原や大地の存在を感じなくなる。
そして意識はひたすら拡大し続けていく。
やがて薄暗い宇宙空間の中にいるイメージが見えてくる。
肉体そのものは感じない。
意識(というか感覚)だけが、宇宙空間を認識している。

ふと、何者かの存在を感じる。
鷲の顔をした人(これを人と呼ぶべきかは兎も角)が私の左に立っている。
・・・クーガーさん・・・?
クーガーさんとは、私のガイドの一人である。
いつもはF21のブリッジカフェにいて、そこから上のフォーカスレベルに
連れて行ってくれる。
だから私は、クーガーさんは上のフォーカスレベルに行くときの案内役だと
思っていたが、今回は唐突に宇宙空間に登場か。
・・・ふと気付くと、そこは宇宙空間ではなく、先ほどイメージで見えていた
草原のような場所に戻ってきている。
そして、クーガーさんは・・・
辺りを見回すが、姿が見えない。
何処かに消えてしまった。

その後、自分の意識が再び拡大し始める。
そして平べったい円盤のような形に(自分自身が)なっていき、
そのまま地面から浮かび上がる。
ゆっくりと前に向かって動き始める。地面から1メートルくらいのところを
低空飛行してるような感覚。
ゆっくりと移動を続けるうちに、イメージが洞窟のようなところに変化する。
薄暗い洞窟のようなところをゆっくり飛行しながら、外に出たい、と思う。
すると意識は、ほぼ瞬間的に洞窟の外に飛び出した。
そこは木々が密集して生えているジャングルのようなところ。
ジャングルのような密林の上空を飛んでいる。
イメージはさらに変化する。
今度は何処かの街が見えてくる。
建物と建物の間の石畳の道を、すれすれの高さでゆっくりと前方に飛んでいく。

しばらくすると、前方に人影が見えてくる。
・・・誰だろう、と思い目を凝らすが、誰かは判らない。
それが大人なのか子供なのか、男か女か、でかいかでかくないか、
若いか若くないか、個人を特定する情報全てが曖昧な感じ・・・
そして自分の中に、「新たな出会い」というフレーズが入ってくる。
前方に見えている人物が誰かは判らないが、この出会いが自分のこれからに
何らかの影響を与える、ということだろうか・・・
イメージは再び変化し始める。

どこかの小さな駅前の商店街のようなところ。
狭い道に幾人かの人が行き交う。
視点は低い。
だいたい地面から数十センチくらいの位置から雑踏を見ている。
この手の雑踏のイメージは、本当に頻繁に見る。
勿論、場所のイメージは見る度に異なるのだが、
街中の通りのようなところに、人が行き交っている点は毎回同じである。
渋谷のスクランブル交差点の様なイメージを見ることもあるし、
今回みたいに狭い路地を行き交う人々を見ることもある。
あまりに頻繁に見る光景のため、何か自分にとって深い意味があるのだろう、
と思うのだが、それが何なのか皆目見当もつかない。

「・・・地球とは限らない・・・」

みたいなフレーズが入ってくる。
え、と思い、一瞬戸惑う。雑踏のイメージは地球ではない・・・?
ないないない。それはない、と思う。
なぜなら、見えているイメージはどう見たって、地球のものである。
地球と言うより、日本である。
実在する街なのか、という点については明らかなことは何も判らないが、
それでも地球以外の場所のイメージである、という点については
受け入れられない。
これをどう受け止めれば良いのだろう・・・
と、ここでセッション終了。


今回の体験は、なんとも支離滅裂なものだった。
次から次へとイメージが変化し、見たもの同士の関連についても
ほとんど判らない。
挙げ句の果てに、都会の雑踏のイメージが地球ではないかもしれない、
という奇天烈なメッセージまで飛び込んできた。
これらをどう受け止めれば良いのだろう・・・
ヘミシンクでは、見たものを変に解釈を加えず、そのまま受け止めればいいと
よく言われる。
全ての体験に関連があるのか、それともそれぞれが独立したものなのか・・・

考えても判らない。
さて、どうしたものか・・・

地球と一体化する

久々にシャーマンズハートプログラムを聴く。
このシリーズのセッション5は、特に私のお気に入りである。
過去に何度も面白い体験をさせてもらっているが、
その中でもとびきり面白かった体験に、動物の精霊に出会ったものがある。
その時に出会った動物の精霊は、大きな猫のようで、
なんと私をどこかの世界に連れていってくれようとした。
詳しくは、その時の記録をご参照いただければと思う。
その時に出会った精霊に、再び会いたい。
そう思い、今日のセッションを開始した。

アーシーなサウンドに誘われ、意識が徐々に拡大していく。
真っ暗な空間が広がり始める。
何も見えないが、兎に角広大な空間が広がっているのを感じる。
以前に出会った、猫の姿をした精霊を探す。
・・・何も見えてこない。
しばらく捜すが一向に変化がない。
心の中で、精霊に会わせてくれるようお願いしてみる。
再び暗闇の中にその姿を探すが、相変わらず何も見えてこない。
やがて、ぼんやりと人影のようなものが見え始める。
最初は朧げだったが、徐々にそれが若い女であることが判ってくる。
華奢な感じの、若い女。
何となく民族衣装のようなものを来ているように思えるが、判然としない。
私はその女の背後に回り、その女に後ろから抱きつく。
女の肩越しに、後ろから手を伸ばし、首もとから服の中に両手を差し込む。
女の胸を鷲掴みにしている。
C1でこんなことをすれば、正直冷静ではいられないと思うが、
非物質界での私は、いたって冷静である。
そのまま女と一体化していくのがわかる。
セックスしているのではない、文字通り女の身体が私の身体に
溶け込んでいくのだ。
そして女の身体はいつしか消えてなくなっている。
・・・この経験は、一体何なんだろう?
と思っていると、私の頭の中にある情報が浮かび上がる。

「女性は地球の象徴」

・・・ということは、先ほどの若い華奢な女は地球を象徴していたのか。
私は地球と一体化したということか?
体験の意味はそう言うことなのかもしれないが、
体験の意図がわからない。
曖昧模糊とした思いのまま、しばらくそのことについて考える。
だがそれ以上、追加でメッセージは入ってこなかった。

地球と一体化した・・・
そのことに何の意味があるのだろう・・・
頭の中でそのことをくり返し、くり返し考えるが、答えは出てこない。
やがてセッションが終わる。

動物の精霊に会いたくて始めたセッションだったが、
期せずして地球と一体化してしまった。
一体化の方法が、若い女とのムフフな行為と言うところが、私らしい。
だが、そのことに何の意味があるのだろう?
一体化したことで、私に何が起きるのだろう?
何が起きたのだろう?
セッション後の今、何か感覚的に違いがあるかといえば、
特にいつもと変わらないように思う。

最近、体験そのものの意味が理解出来ないことが増えてきた気がする。
このことにも何か意味があるのだろうか・・・
答えらしきものがでないまま、新たな体験を重ねているが、
果たしてこれで良いのだろうか・・・

その答えも、ヘミシンクを聴き続ける中にあるのだろうか。

シャーマンズ・ハート・プログラム

シャーマンズ・ハート・プログラム#4を聴く。
朝目覚めて、オープニング・ザ・ハートとどちらを聴こうか迷ったが、
今朝は何となくシャーマンズ・ハート・プログラムだな、と思った。
このCD、お持ちの方はご存知のことと思うが、非常にユニークである。
この点については過去の日記で何度も書いているため
ここでは改めて書くことはしないが、そのユニークさゆえに好き嫌いが
はっきりと分かれる。
私は非常に好きで、ことあるごとに聴きたくなるCDである。

と言うことで、今朝はセッション4を聴いた。
これは、例によってシャーマニックなサウンドの渦の中にどっぷりと浸かり、
その世界を思う存分旅するセッションだ。
何かの体験を期待することなく、ただただサウンドの中に身を委ねることで、
様々な体験が出来る。
今回は脈絡の無い断片的な映像が幾つも見えてきた。
駅のホームで大勢の人が階段を下りてくる映像。
誰かが暗闇の向こうから私を見ている映像(ちょっと怖い)
年老いた女が公園のテーブル付きの椅子に座り、お弁当を食べている映像・・・
他にも色々と見た気がするが、正確に思い出せない。
雑踏の中で、多くの人が微笑みながら歩いている映像。
どこだろう、渋谷のスクランブル交差点・・・?
そんな取り留めの無い映像が幾つも幾つも現れては消えていく。
しばらくこの様な体験をくり返し、やがてサウンドが静かになる。
程なくヘミシンク音もしなくなる。
セッション終了である。
(このセッションは終了のアナウンスが無いのだ)

ここのところ今回のような脈絡の無い映像の断片を見る体験が増えた気がする。
以前は目的や意図を持ってセッションに望むことが多かったため、
体験もそれに合わせた明確なものが多かったが、
最近は敢えて意図を持たずに聴くことが多い所為か、体験も脈絡がない。

これもある意味、自分の望んだ体験と言うことだろうか。
だとしたら、私は何を望んでいるのだろう・・・

朝からシャーマンズハートプログラム

シャーマンズハートプログラム#6を聴く。
このCD、私ひとりで良い良いと騒いでいるが、
なかなか巷では話題にのぼることの少ないようである。
他ではほとんどこのCDの話題を目にすることはない。
が、私は大のお気に入りである。
何がそんなにお気に入りなのか。
一言で言えば、変わっていて面白いのである。
もっと認知されてしかるべきCDだと思うのだが・・・
なかなか言葉で表現するのは難しいので、興味のある方は
是非ご自身で購入してお試しいただければと思う。
前置きが長くなったが、今朝のセッション。
太鼓のリズムと空間的な効果音に誘われて、意識が拡大していく。
太鼓のリズムと呼吸のリズムを合わせるようにしていると、
だんだん息苦しくなってくる。
少し呼吸のペースを落として深めの深呼吸を繰り返す。
呼吸は楽になったが、それに合わせて意識も怪しくなってくる。
やっちまう、という感じではないのだが、
細かいクリックアウトを繰り返している感じである。
そのままセッション終了。

特にコレ、という体験は無かったが、
セッション後はスッキリとしている。

何も考えず、音のシャワーを浴びながらリラックスするには
持ってこいのCDだと思う。

シャーマンズハートプログラム #5

シャーマンズハートプログラム #5 を聴く。
このCDは私のお気に入りである。
このシリーズは他のHemi-Syncタイトルと違い、サウンドが前面に出てくる。
シャーマニックなサウンドやアーシーなドラムの音、カラスの鳴き声などが入り
かなり賑やかな印象である。
ピンクノイズの中、静かに変性意識状態に入っていく、というのとは違い、
なにかネイティブな民族の儀式に参加しているような感覚になる。
このCDのエクササイズ5は、非物質界の存在とコンタクトするのが目的である。
過去にも繰り返し聴いており、非常に興味深い体験になったこともしばしば。
今回は…

ナレーションの「素敵な旅をしてください・・・」
という一言を合図に、サウンドが怒涛のように押し寄せてくる。
ドラムのうねるような音のただ中に身を委ねると感覚がどんどん拡大していく。
目の前に広がる暗闇が奥行きを増していく。
真っ暗で何も無い広大な空間の中、ひとり浮かんでいる、そんな感覚になる。
それでも空間は拡がり続ける。
無限、というのがどういうものかは分からないが、
どこまでも、どこまでも空間が拡がっている。
上にも下にも前にも後ろにも・・・
何も無い暗闇が無限に拡がっているのを眺めつつ、ふと思う。
何も無い、形も、色も、匂いも、そして時間も・・・
だがそれがすべてでもある・・・
すると、何も無い暗闇が、すべてを含んでいるものに思えてくる。
眼に見えるわけではない。感覚として感じる。
そして、眼に見えるものが全てではない・・・みたいなメッセージ・・・
やがて何も無い暗闇の中央付近に淡い光が見えてくる。
いつもフォーカスレベルを上げていく最中に見える、あの淡い光。
モヤモヤと動きながら形を変えていく。
時おり中心付近が鮮明に光ったりしながら目の前に漂っている。
いつも思うが、これは一体なんなんだろう・・・
淡いもやもやは、やがてゆっくりと暗闇に止め込むように消えていった。
ナレーションがセッションの終了を知らせる。
ゆっくりと深呼吸をして意識をC1に戻す。

過去にもそうだったが、このCDはだだっ広い空間に連れていかれる事が
多い気がする。
以前はそこで動物の精霊のような存在に出くわしたこともあったが、
今回は目に見える存在というよりはメッセージを受け取ったという感じである。
最近よく聴く「過去世探求」と比べ、やっちまう確率は非常に低いCDだ。
このCDを持っている方は案外少ないかもしれないが、なかなかどうして
侮れないすごいCDだ。

おすすめである。

シャーマンズ・ハート・プログラム

今朝は、シャーマンズ・ハート・プログラムを聴く。
実はこのCD、私のお気に入りである。
特にエクササイズ5は、大のお気に入りのひとつである。
今朝もこのエクササイズ5を聴く。
シャーマニックな音楽に乗っかって、肉体を持たない動物の精霊や
ガイド達とコンタクトするセッションである。
以前このセッションで、猫のような精霊が出てきて、
目の前にある大きな穴(恐らく別の次元、世界へのゲート?)に向って
付いてこい、と言われたことがある。
猫のような精霊はそのまま振り向きもせず、その穴に向って飛び込んでいった。
私も付いていこうとしたが、うまくいかなかったことがある。
今日はその続きが体験できたら良いな、と思いつつセッション開始。
例によって、シャーマニックな音楽が始まる。
このCDは独特で、かなり激しい音楽に乗っかってセッションが進んでいく。
アーシーなドラムのビートと空間的なサウンドが、イメージの拡大を助ける。
宇宙空間だかジャングルだか分からない、不思議な感覚の世界を漂う。
やがて目の前に人間の後ろ姿が見えてくる。
男のようだが、判然としない。
誰だろう、と思っていると、その人物はゆっくりと振り返ってこちらを向く。
男だが大きなマスクをしている。
目元だけが見えるが、見覚えの無い目である。
男はゆっくりとマスクを外す。
そしてまなざしを私に向ける。
やはり知らない男である。
あなたは誰ですか?
と、無言で問いかけると、無言で答えが返ってくる。
「私はあなただ」
「でも私はあなたを知らないですよ。見たこともない」
「だが私はあなただ。今日あなたは自分の内側に向って旅をしてきただろう?」
「え、そんなこと意識していなかったけど・・・」
「今日あなたは自分の内側に向って旅をしてきた。そして今私と対峙している」
「自分の内側に向って旅をしてきた・・・内観ということ?」
「そう、あなたがF15でよくやるあれだ」
「そんなつもりはなかったんだけど・・・
まああなたがそう言うならそうなんだろう、きっと」
こんな感じの「無言の会話」が続いた。
その後もしばらく、無言の会話が続く。
「この世界についてもっと詳しく知りたいんだろう?」
「ええ、この世界の、特に時間について詳しく知りたいです」
「時間なんてもともと存在しないものだ。物質界で事象の理解を助けるために
考え出されたもので、数式などと同じ程度の意味しかない」
「その辺のところが詳しく知りたい。もう少し分かりやすく説明してください」
「あなたは過去のことを思い出すことがあるだろう?」
「ありますよ。昨日のこととか、1年前のこととか、子供の頃のこととか・・・」
「その時、あなたの意識は、あなた方の言う過去のその瞬間に存在している。
肉体は物質化を維持するために、そういう非物質的な移動は出来ないが、
意識は物質的なしがらみを持たないため、自由にそれが出来る」
「ということは、意識が時間旅行をしている、ということ?」
「ちょっと違う。そもそも全ての事象は同時に存在している。
それらすべての事象の中から選んでそこに存在することが出来る。
まああなたの言う時間旅行と言えなくもないが、どちらかと言うと
目の前に存在している無数の事象のどれかに意識をフォーカスする、
といった方が近いかもしれない」
「なるほど・・・」
「あなたは、過去の恥ずかしい体験とかを思い出して、顔から火が出るほどの
恥ずかしい気持ちが再現したりしたことがあるだろう?」
「ありますよ。思い出したくもない体験とかも」
「そう言う時には、意識はその瞬間にかなり深く入り込んでいる。
その証拠に感情が肉体にまで影響することもある。再び赤面してしてしまったり
した経験もあるだろう?」
「ありますあります!」
「そうやって意識は普段から時間を行き来しているのだ」
「ということは、未来の事象も同時に存在しているってことですか?」
「そうだ。過去を思い出すのと同様に未来も垣間見ることが、
あなたもあるだろう?」
「・・・え、私には予知能力なんてないから・・・」
「デジャヴ、とか経験あるだろう。虫が知らせるとか。あれらはみんな未来を
垣間見ているんだ」
「でも、デジャヴって、ここは始めてくる所だけど何処かで見たことあるな、
ってやつですよね」
「そうだ。あれはあなたが過去のどこかで今いる場所を、つまり未来を見てきて
いるのだ。ただあなたの既成概念が邪魔をして、未来を見てきた、ということを
認めないので意識はそれを明確に認識できない。それで実際にその場に来た時に
あれ、何処かで見たことあるな、となるわけだ。
なんのことはない、あなたの意識が過去に一度来ていただけのことだ」
「なるほどね~」
「だから、あなたが未来についての思い込みを変えるなら、今よりももっと
未来のことを垣間見る機会は増えていくことだろう」
シャーマニックなサウンドがフェードアウトしていく。
程なく、セッション終了。
静かに目を開ける。

このCDで、非物質界の存在とここまで突っ込んだやり取りをしたのは
初めてである。
まるでF35でI/thereとコンタクトしたような、深いやり取りとなった。
こういうやり取りは、フォーカスレベルのどこでも可能なのかもしれない、
と思った。

シャーマンズ・ハート・プログラム、お勧めである。

木を見て森を見ず

シャーマンズハート・プログラムを聴く。
このCDも、私のお気に入りのひとつである(特にセッション5)
セッション5は、自らのガイド、ハイヤーセルフなどにコンタクトするもので、
過去にも興味深い体験を何回かしている。
今日もそれを期待しつつ、いいお天気だというのに部屋を暗くする。
ヘッドホンを装着し、ボリュームを大きめにセットする。
ヘミシンクの聴き方としては、ヘッドホンのボリュームは控えめで、
というのが一般的だが、このCDに限っては、私は大きな音で聴く。
なぜなら、このCDは他のヘミシンクCDと違い、ピンクノイズや優しい音楽が
入っているわけではない。
かなり激しい、シャーマニックなサウンドの渦の中、セッションが続く。
このため、あまり小さな音量で聴くと、何となく迫力がないのだ。
このCDの聴き方として、音量を上げて聴く、というのが正しいかどうかは
知らない。
あくまで私の好みで音を大きくして聴いているだけなので、
聴かれる方はご自身で音量を調節して最も聴きやすいところで聴いて欲しい。
さて、今日の体験である。
アーシーなドラムの、腹にズシンと響くサウンドに乗って、
意識が暗闇の中に拡がっていく。
何も見えないが、暗闇そのものがどんどん拡がって行く感覚である。
やがて、自分の右側になにかの存在がやって来たのを感じる。
気配を感じるが、姿は見えない。
自分の前に回り込んでくれるようお願いすると、
気配が右側から自分の前方にゆっくりと移動する。
相変わらず姿は見えない。気配を感じるのみである。
自分に理解できる形で現れて欲しい、とお願いすると、
姿形はどうでも良い、というメッセージが私の意識に直接届く。
まあ、見ることは出来なくても、何となく神々しい存在感は感じるので
そのまま会話を試みる。
「あなたは私のガイドですか?」
「まあそんなところだ」
「あなたのことを何と呼べばいいですか?」
「呼び方なんてどうでも良い。お前が私の存在を感じているのだから
それでなんの問題がある?」
「確かにそうですね」
「なにか訊きたいことがあるのだろう?」
「あ、はい、そうなんです。私が今思っていること、やろうとしていることは
正しいことなんでしょうか」
「自分ではどう思う?」
「自分としては、自分が生まれてきた理由に従って生きていこうとしているので
基本的には間違ってはいないと思っているんですが、どうもそれに逆行する
ようなことばかりが起きてきている気がするんですが・・・」
「それはお前が目的と手段を履き違えている所為だ」
「目的と手段・・・履き違えている・・・もう少し分かりやすく教えてください」
「まず、お前が思っている、お前自身の生まれてきた目的についてだが、
お前が思っている通り、間違ってはいない。だが、その目的に向かう
アプローチが間違っている。
おまえがやろうとしていることは、目的に向かうための手段に過ぎないが、
今のお前にはそれが目的になってはいないか?」
「・・・なるほど、そう言うことですか・・・言われてみると
その通りかもしれません。
現状を変えることは、目的に向かうためのプロセスであって、
現状を変えること自体は目的てはない、ということですね」
「そうだ。現状に甘んじてしまうと、お前自身が目的を見失ってしまうから、
見失わないようにこちらから色々とエネルギーを送っている。
その所為で、おまえに現状を変える必要性を気付かせようとしている。
だからおまえは、今のままではいけない、と強く思っているのだ。
このままではいけない、ということは嫌というほど感じている筈だ。
その所為で、おまえは現状を変えようと努力しているな。
だが、今のお前は現状を変えることにしか意識が向いていない。
本来の目的はその先にあるのに、それについては見ようとしていない。
だから、行動に迷いが出るし、確信が持てないのだ」
「そんなことはないです。ちゃんと目的を意識していますよ」
「意識しているかもしれないが、現状さえ変われば目的が達成できると
勘違いしていないか?現状を変えて、その次にどうする?」
「それは・・・」
「わかっただろ? そう言うことだ。そこをもう一度見つめ直してみるといい」
「・・・」
「本来の目的を再認識することだ。そのために何が必要かを考えることだ」
「何が必要なんですか?」
「答えはおまえが知っている筈だ。思い出すことだ」
ナレーションが入って来て、意識のフェーズがナレーションに合う。
その後もう一度ガイドを探すが、もうその存在を感じることは出来なかった。
ゆっくりと意識をC1に戻す。

とまあ、こんな感じの交信だった。
もちろん、上記のような会話のキャッチボールが実際に行われた訳ではない。
上記のような情報が、ドサッという感じで塊で意識に入ってくる。
それを自分で理解できるように順を追って翻訳した内容を書いている。
上記のような内容以外にも、塊の中には様々な情報が含まれていた。
例えば、考えることは大事だが行動することはもっと大事だ、とか、
遠慮することはない、言いたいことはどんどん言え、とか・・・
これらの内容も、上記の会話に組み込まれるべきなのかもしれないが、
うまくはめ込んだ内容として理解しきれなった。

どうやら、自分が考えていること自体は間違っていないらしい。
ただし、近視眼的になって、手段を目的と履き違えているとのことである。
木を見て森を見ず、という状態だろうか。
今回のセッションは考えさせられる内容だった。

今朝のセッション

最近、何故かシャーマンズ・ハート・プログラムにはまっている。
というわけで、今朝もシャーマンズ・ハート・プログラムを聴く。
今回はセッションの最後のクールダウンの部分でガイドとコンタクトできた。
今回コンタクトできたのは、久々に高橋さんである。

「今日は特に何も起こりませんでした」
「なに言ってんだバカ、いま俺と会えてるじゃねえか!」
「え、まあそうですね・・・」
「なんだ、俺と会うじゃ不満だってことか」
「いえいえいえ、決してそんなことは。ただ別の展開を期待していたもので」
「期待通りに行かないところが面白いんじゃねぇか。まさか俺と会うなんて
思ってもいなかったろ」
「そうですね、ここで高橋さんに会うとは思っていませんでした」
「おうよ!俺は神出鬼没なんだよ」
「じゃ折角なので質問しても良いですか」
「お、来たね質問!何が訊きたい?」
「例えば今日みたいに、実際のセッションのメインの部分で何も起きないのは
何か理由があるんですか?」
「そりゃお前、起きないんじゃなくて起きててもお前が気付いていないだけだ」
「え、でも今日はクリックアウトもしていないと思うんだけど・・・」
「意識がしっかりしていても、それを知覚できるかどうかは別問題だ。
今日はクリックアウトはしなかったが色々と気が散って集中出来てなかったろ」
「・・・はい。なんか色々な考えの断片が浮かんできた気がします。
でもそのひとつひとつが何だったのか覚えてないな・・・」
「だろ?ほら見やがれ。いろいろ体験してんじゃねえか。その中にすげえ内容の
体験も混じってたのかもしれないぞ」
「またそうやって・・・なんか凄い体験してたんですか私?」
「ふふん、どうだろうな♪ 覚えてないんだから考えたって仕様がないだろ」
「なんか今日の高橋さん、意地が悪いですね」
「そんなことねえだろ、お前の質問にこうやって丁寧に答えてるじゃねえか」
「丁寧かどうかは別にして、確かに答えてくれてはいますけど・・・」
「ま、なんだかんだ言ったって、体験したしないの問題じゃねえんだよ。
それを記憶に残して戻ってこれるかどうかだ。その結果が体験だろ?
だからお前の今日の体験は、俺とこうやって話をしたってことだ。
それでいいじゃねえか」
「勿論、それでいいんですけど、そう言うことが訊きたかったんじゃ
ないんだけどな・・・」
「ま、今日はそんなとこだ。じゃあな」
そういうと高橋さんはさっさといなくなってしまった。
セッション終了。

期せずして、高橋さんと会話することになった。
体験していないことと、体験を覚えていないことは別のようである。
そう言えば、夢を見ていないと思っていても、実は見た夢のことを忘れている、
という話と繋がる内容だな、と思う。

そう言われてしまうと、忘れてしまった体験が何だったのか、気になるな・・・

花吹雪?

今朝、再びシャーマンズ・ハート・プログラムを聴く。
エクササイズ5で、再度動物の精霊と会ってみようと思う。

例によってシャーマニックなドラムサウンドに乗っかって、
意識は徐々に宙に浮いた感じになる。
そしてだんだんと拡がって行くような感覚。
その後、何処かの広場のようなところに来ている感覚になる。
なだらかな草原のような、公園のような・・・
そこに大勢の人々がいる。
人々は散歩をしたり、数人のグループで話をしたり、まるで昼下がりの公園
そのものである。
やがて、空から無数の花びらのようなものがひらひらと舞い降りてくる。
・・・なんだろう、見た目には桜の花びらのような、薄くて小さな物体。
それが、まるで雨が降るが如く、大量に降り注ぐ・・・花吹雪?
公園のようなところにいる人々の上に降り注ぐ。
これが何を意味しているのかは、判らない。

やがて意識は宙に浮かび始める。
どんどん上空に上がって行く感じ。
そのまま目の前は真っ暗闇となる。

何かの存在を感じるかと意識を周りに向けてみるが、特に何も感じない。
その後クリックアウトでもしたのだろうか、既にナレーションが聞こえてくる。
結局、動物の精霊には会えなかった。



今回体験した花吹雪のようなものはいったいなんだったのだろう?
だだっ広い所に人がたくさん集っている光景と言うのは、ヘミシンク中に
非常に頻繁に見かける。
それが公園のような場所だったり、街中の大きな交差点だったり、
風景は様々だが、広い場所に多くの人が集まっているという点は一致している。
そして大概の場合、人々は歩いていたり、走っていたりする。
何処か目的地があって、そこに向かっている、というのではない。
みなそれぞれ、好き勝手な方向に動いて行く感じのイメージだ。

何かの意味があるのだろう、と思う。
手を変え品を替え、同じようなイメージをみると言うのは、
よほど何かを伝えたいのだろうか・・・
ただ私が鈍感で、それが何なのか理解できない。

今回の光景も、全く理解できない。
NEXT≫
soul station について

物質界と非物質界を行ったり来たり。 自らのヘミシンク体験記録。

ヘミシンクのことを初めて知ったとき、「ホントかよっ!」 と半信半疑だった。 同時に 「ホントだったら凄いな!」 と心の何処かで興奮した。 これは自分で確かめるしかない。 ということで、自らのヘミシンク体験を記録し始めた。

プロフィール

jazz

Author:jazz
プラス思考でもマイナス思考でもなく、ニュートラルが一番と思って生きてきたが、ヘミシンクを通して、やっぱりプラス思考の方が理に叶っていると思い始めている。 趣味はヘミシンク、音楽はジャズ、飲み物はコーヒー、そして機械式腕時計の好きな中年オヤジである。

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