LifeLine 最終日

いよいよ最終日である。
今まで毎日とてもいい天気だったのに、今日は朝から雨である。
昼前には全てのプログラムが終了するため、セッションは1本のみである。
(Going Home の「Moment of Revelation」だが、最後の最後でやっちまった。
というわけで、セッションの記録は何もない。申し訳ない。
総括。
今回の6日間のセミナーを通して、より大きな視点を持つ機会となったと思う。
色々な意味で「自分」というものを様々な角度から見つめ直すことが出来た。
物質界における、肉体を持った自分という存在が、
実はもっと大きな意味で様々な可能性に満ちていることを感じることが出来た。
今回のセミナーで受け取ったものを全て消化するには、
かなりの時間が必要になると思う。
本当は引き続きX27のセミナーにも参加したいと思っていたが、
それが色々な障害に遭い参加できなくなったのには、
ライフラインを十分に消化してから次のステップに進みなさい、
というハイヤーセルフからのメッセージだったのかもしれないな。

Gateway Voyage の時もそうだったが、これで終わりだと思うと
とても名残惜しい気分になる。
今回、セミナーでご一緒させていただいた方々も、Gateway Voyageの時と
負けず劣らず素晴らしい方々ばかりだった。
(といっても、半分は同じメンバーなんですけどね~)
毎日楽しい時間を過ごせたのも、トレーナーのフランシーン、坂本さん、
アシスタントを務めてくれたsonoさん、tatsuzoさんはじめ、
参加者みんなのエネルギーのお陰だと思っている。
この場をお借りしてお礼申し上げたい。

こうして同じセミナーに参加できたのには、きっと何かの意味があると思う。
今後も何かの機会に、お会いすることも多々あろう。
その時を楽しみに、これからも日々ヘミシンクを楽しんでいきたいと思う。
来年は、X27、参加するよ♪

・・・今回の仲間の何人かは、そこで確実に会えそうだ、と思う。

See You X27.

LifeLine 5日目(その3)

■5日目(3) フリー・フローF27
午後2発目のセッションは、F27でのフリーフロー。
今回はどこか特別に見てきたい施設が思い浮かばなかったため、
自分のSPを拡充してこようと思う。
目の前が遠浅のどこまでも続くラグーンなため、反対側にスキー場でも…
なんて思いつつセッションに望むが、敢えなくクリックアウト。
最近のクリックアウトはほとんど最初から最後まで意識がない。
もうクリックアウトと呼べるレベルではない。
クリックアウトというよりも、寝落ちである。
クリックアウトと寝落ちの違いについては、頭では理解しているつもりだが
実際になってみると、その違いがよく判らない。

■5日目(4) 自分の側面のレトリーバル
5日目最後のセッションは、自分の側面をレトリーバルする。
今の自分は、より大きな自分(ハイヤーセルフ)から見れば
全体の自分の一つの側面に過ぎない。
人はみな多少の差はあれ、過去世や別人格で様々な自分の側面を体験している。
ハイヤーセルフの目的の一つは、そういう側面をすべて集めること。
それにより、ハイヤーセルフはより大いなる存在へと帰依することができる。
そういう自分の側面の中には、何らかの理由で意識が囚われている場合がある。
今回のセッションは、そういう自分のさまざまな側面を知り、
必要に応じて救出する。
そうすることにより、本来の自分を取り戻していく。
自分の側面のレトリーバルをする場合、過去世が見える場合もあれば、
自分の現世の過去(幼少時代とか)が見えることもある。
さらに、全く別の人の人生の中に自分の側面をシンボル化して見る場合もある。
いろいろな形で見えてくるので、心をオープンにしておくことが大切。
人は誰しも、男性的な側面と女性的な側面を持っており、
これらをバランスするために、不足している側面を取り戻そうとする。
その過程で、性的な感覚が出てくることもよくある。
いわゆるオーガズム、性的興奮状態など。
これは至極普通のことなので、押さえつける必要はない。
性的興奮状態は、ある意味生命エネルギーの重要な部分であり、
自分の様々な側面を取り戻す過程で表面化してくるのは、むしろ正常な反応。
フランシーンの説明を聞きながら、4月のモンロー研でのことを思い出す。
Nさんという男性の参加者が、セミナー後半に妙に興奮してしまい、
目をギラつかせていた。
「なんだか興奮しちゃって仕様がねぇよ…」
などと漏らしていたNさんの顔が浮かんできて、思わず可笑しくなった。
一通りの説明の後、セッション開始。
まず準備のプロセスの後、フォーカスレベルを上げながら
ガイドの熊田君(いがぐり頭の中学生ガイド。結構生意気)に
自分の側面をレトリーバルしたいとお願いする。
「わかってるよ、しつこいなぁ…さっきアファメーションでも言ってたでしょ、
ちゃんと聞いてたから何回も繰り返さなくていいよ。
年をとるとくどくなるからいやだよ」
ちょっとカチンと来るが、それだけ言うのだからちゃんと体験させて
くれるのだろう。
F27経由で、F23に向かう。
以下、体験談。

■側面その1「飛鳥時代の若者」
何やらのどかな田舎風景が見えてくる。
イメージとしては、日本の昔々の時代・・・飛鳥時代・・・?
若者がひとり、畑の中の畦道を走っている。
何かに怯えたように、後ろを気にしながら、へとへとになりながら走っている。
この男、すぐに自分の側面であることが判る。
自分の側面のシンボル化されたイメージだ。
避けて通れないことに言い訳をし、嘘をついて誤魔化し、その場を取り繕う。
嫌なことに正面から向き合おうとせず逃げてばかりいる自分の側面。
もう逃げることにも疲れ果てているが、どうしていいのか分からない。
まさしく自分の見たくない側面のシンボル化された映像・・・
見たくはないが、何とかしなくては、と強く思っている側面でもある。
意を決して若者の前に立ちふさがるように進み出る。
若者は驚いたように私を見つめ、その場に硬直している。
私は若者に水の入った気で出来たコップを差し出す。
「そんなに走って疲れたろ、ほら、水」
若者はおどおどしながらも私から水を受け取り、飲み干す。
「こんなにおいしい水は飲んだことないです。ありがとう・・・」
「この水が湧いている場所に行かないか? すぐそこなんだけど」
そう言って若者を連れて歩いていく。
風景はやがてF27の公園に変化する。
公園の一角に水が湧き出ている場所を創造する。
「さあ着いた。ここだよ」
若者は和泉に駆け寄り、両手を見ずに何度も突っ込みながら水を飲み続ける。
ようやく咽の渇きが癒えた若者が顔を上げると、
そこには独りの女の人が立っている・・・若者の母親・・・?
「もう大丈夫。お前は精一杯頑張りました。あとは何も心配しないで
ここで私と一緒に暮らしましょう」
どうやら無事レトリーバル出来たようである。
まだ時間がありそうなので、もう一人くらいレトリーバル出来そうである。

■側面その2「湖の自殺女」

少し前のセッションで、F23を通過する際に見かけたボートの上の女が
気になる。
静かな湖に浮かぶ手漕ぎボートの上で、手首を血だらけにして
うつ伏せていた女・・・
その時の光景に意識を集中する。
すると、徐々に湖の風景が見えてくる。
ボートにうつ伏せた女の意識が入ってくる。
・・・たいへんなことをしてしまった。
なんで手首なんて切ってしまったのだろう・・・
血が止まらない。このままだと大変なことになってしまう。
誰か早く助けに来て・・・
きっとこの女、そのまま絶命してしまったのだろう。
人生が思うように行かず、思い詰めた揚げ句に衝動的に手首を切った。
出血多量で既に死んでいるが、本人は死んだことに気付いていない。
・・・早く誰か、誰か助けに来て・・・
切なる思いがうつ伏せの体から伝わってくる。
私は救急隊員に扮し女を助ける。
「これで大丈夫だ。助かるよ」
女の手首に包帯を巻き、担ぐようにして立ち上がる。
「ちゃんとつかまっているんだよ」
そのまま宙に浮かび上がる。
何とも不自然な状況になってしまったが、女は担がれたまま静かにしている。
程なくF27に到着。
レセプションセンターの片隅に病院の救命救急センターを創造する。
私が救急入口の前まで行くと、ERスタッフが数名待機している。
そのスタッフ達に女を渡す。
「あとはよろしく」
女は担架に乗せられ、救急入口から病院の中に消えていった。
やれやれ、なんとか無事レトリーバル成功である。

疲れたので、まだ時間がありそうだが自分のSPに戻る。
ジャグジーでポチを撫でながらリラックスする。
横にガイドの熊田くんが来る。
熊田くんに今回のレトリーバルについて訊いて見る。
「最初の飛鳥時代の若者は、明らかに自分の側面だと分かるけど、
ふたつめのレトリーバル、あれはどういう意味があるの?」
「ん? まさにあんたの側面じゃん」
「・・・どこが? どこがどういうふうに私の側面なの?」
「鈍いなぁ、だからぁ、物事をよく考えもせずに衝動的にやっちゃって、
あとで後悔すること、あんたよくあるだろ。それだよそれ」
・・・腑に落ちた。なるほど。
確かに私にはそう言う側面がある。
全てにおいてそうという訳ではないが、大事な場面で衝動的に動いてしまい
あとで後悔する事が度々あるのだ。
そう言う自分の側面をシンボル化したイメージ?
「でも、両方ともちゃんと救出できただろ? これから変化するんじゃない?」
「だと良いけどね・・・」
「なに弱気になってんの! 大丈夫だって。ちゃんと克服できるから」
いがぐり頭の中学生に慰められてしまった。
見た目は中学生でも、ガイドなんだし彼の言うことを信じようと思う。

今回のセッションでは、自分の見たくない側面を露骨に見せられてしまった。
今回この様な形でレトリーバル出来たということは、
今後これらの側面については自分自身にうまく統合できていくのだろうか・・・

LifeLine 5日目(その2)

■5日目(2) ターゲット・レトリーバル
自分以外の誰かのレトリーバルを試みるセッション。
通常、レトリーバルはF23に行きガイドの導きに従って救出対象を救出する。
ある意味、今の自分にとって最も必要な対象を救出するのだが、
今回は目的を持って対象をレトリーバルする。
まず、過去の人であちらの世界でどうしているのか知りたい人を思い浮かべる。
そしてその人の名前を紙に書く。
その人を自分自身でレトリーバルしても良いのだが、今回は自分以外の誰か
別の人に、その人がどうしているのか見てきてもらう。
こうすることにより、知覚したものに対する客観的な確証が得られる。
どうしているのか知りたい人の名前を紙に書き、折り畳む。
そしてその紙を集め、軽くシャッフルする。
その後その中からランダムに1枚を選ぶ。
選んだ紙に書かれている人が、今回自分がレトリーバルする相手だ。
自分が書いた紙以外のため、そこにかかれている人物が誰なのか全く判らない。
私が引いてきた紙には、ある男性の名前が書かれていた。
その男性が誰なのか、どんな人なのか、若いのか年寄りなのか、
名前以外の情報は何一つない。
・・・これだけで、どうやってレトリーバルしろというのだろうか・・・
ここでフランシーンから簡単に説明がある。
自分が紙に書かれた人物について知らなくても問題ない。
自分のガイド、ハイヤーセルフがその人が誰なのかを知っている。
その人が、今何処にいるのかも判らなくて良い。
F23にいるかもしれないし(ならば救出が必要だ)
信念体系領域に囚われているかもしれない。
もしかしたら、もう既にF27に来ているかもしれない。
自分がその人の助けになる、ということを信じてレトリーバルを行えばいい。
愛情を持って、入ってくる情報をそのまま受けとる。
説明を聞いても、やはり何となく自身が持てない。
何しろ紙に書かれた名前以外に、全く何も情報がないのだ。
本当に大丈夫だろうか・・・大丈夫だと信じてやるしかないか。
ということでセッション開始。
準備のプロセスの後、ヘミシンク音に誘導されF10~F12へ。
草原のような場所でサッカーをする人たちがイメージとして感じる。
全身が見えるわけではない。
腰の辺りから下の方だけが見える。
サッカーボールを数人の人が蹴り合っている。
やがてヘミ音が変化していくとともに、このイメージも消えていく。
F21を通過し、F23に到着。
靴を入れる箱のようなものが見えてくる。
なんの意味があるのかは判らない。
F25に到着。
赤いほおずき(鬼灯)が見える。
ほおずきの玉を口の中で「キュッ」と潰すようなイメージ。
なんだろう・・・なんでほおずき?
F27到着。
人影が見えてくる。
イメージとして入ってくるのは、40代位の男性で、大阪の人。
髪の毛は短く刈っている感じがする。
会話を交わしたわけではないので、本当に大阪の人かどうかは判らないが。
この人が今回のレトリーバル対象だろうか・・・
F23に行く。
ここでは特に何も見えてこない。
ここには対象の男性はいない、ということだろうか。
F25に行って見る。
再びほおずきのイメージ。
今度は中の玉の部分ではなく、笠ごと見える。
なんでほおずきなんだろう・・・気になる。
F27に戻る。
今度は太った女性のイメージが見えてくる。
先ほどの大阪の男性と何か関係のある人なのだろうか・・・
何となく、今回の対象の男性は既にF27にいる感じがする。
先ほどF27で見えてきた男性がそうだとすれば、まさしくF27にいる?
その後、ナレーションに従いC1帰還。
セミナールームに集まり体験をシェアすると、
私がレトリーバルしに行った男性はCさんの知人とのことである。
この方は、熱気球に乗って太平洋横断のチャレンジ中に消息を絶ったとの事。
ちょっと衝撃である。
セッション中に見えていたサッカーボールやほおずきなど、
丸いものが盛んに見えていたのはもしかしたら気球のイメージだったのだろうか。
笠のついたほおずきは、空に浮かんでいる気球に見えなくもない。
そして、Cさんによると、その男性は関西人だそうである。
見ようによっては、符合する情報が幾つもあるように思える。
これは後で判ったことだが、ネットでこの男性について調べてみたところ
幾つかの写真が出てきた。
その写真に写っていたのは、赤い気球だった。
この男性がその赤い気球に乗っていたのかまでは情報から読み取れなかったが。
他の人の体験シェアでも興味深いものがあった。
Tadさんの知覚したイメージの中に「85」という数字が出てきたという。
Tadさんのレトリーバル対象は、Mさんの数年前に亡くなったお父様で、
なんと85歳で亡くなられたのだそうである。
ビンゴ!
その他にも幾つか符合する体験をシェアしてくれた人がいた。
レトリーバル相手に対する情報が全くない状態でのレトリーバルにも関わらず
いくつもの符合する点があるというのは、
非物質界において何かを知覚している確証と言えるのではないだろうか。

(つづく)

LifeLine 5日目(その1)

いよいよLifeLineも終盤戦である。
5日目の今日は、今回のセミナーで最も充実した1日となる。
朝のセッションは3本立て続けに行う。
セッションごとにグラウンディングの時間は取るが、
体験のシェア等は午後に行う。

■5日目(1) サイレント・モーニング
今朝は、自分の内面と向き合い、自分の内面に深く入っていく時間とする。
3本のセッションを通して、他の参加者と一切会話をしないこと。
この間は自分自身とのみ、一緒にいる時間。
そうすることで自分の内面を見つめ直す。
様々な自分の側面を取り戻す。
自分(自分自身の全て)を、より深く愛することを学ぶ。
普段のセッションなどでも、自分自身の経験、過去世を見ることがあるが
辛かった(被害者としての)経験、過去世というのは比較的簡単に出てくる。
だが、自分が加害者だったときの経験、記憶はなかなか出てこないのだそうだ。
そういえば、私も過去世を何度か見ているが、
独り孤独に死んでいった人生とか、友人に裏切られ処刑された人生とか、
そういう過去世は比較的よく見るが、自分が他の人に危害を加えている過去世を
見た記憶は無い。
フランシーンによると、加害者としての経験や記憶は誰でも必ず持っていて、
それもしっかりと思い出すことが必要とのこと。
加害者としての自分の記憶、側面を受け入れて、許してあげる必要がある。
被害者、加害者双方の体験を受け入れることで、全体としての自分を
取り戻すことが出来、より大いなる自分になることが出来るのだそうだ。
なるほどと思う。
これから聴く3本は
1) F27 癒し&再生センター(Healing & Regeneration Center)
 このセッションはF27を訪れ、癒し&再生センターを訪れる。
 この施設はレセプションセンターの一部で、亡くなってF27に来た人を
 癒す為の施設。
 人によって見え方、感じ方は違うが、そこに行くことで癒される。
 面白いのは、亡くなってF27に来た人だけでなく、我々のような訪問者でも
 そこに行くことで同じように癒される効果があるという。
 今回はナレーションに従いこの施設を訪れ、個人的にヒーリングを受ける。
 さらにこの施設および周辺についても観察してくる。
 まずは十分に癒されてエネルギーを補給しましょう、ということか。
2) レトリーバル
 今までに聴いたのとほぼ同じ手順でレトリーバルを行う。
 使用するCDは基本的には前回のレトリーバルで使用したものと同じもの。
3) ヴァイブ・フロー(LifeLine Vibe Flow)
 自分自身のエネルギーを浄化しバランスを整えるためのセッションで、
 基本的にはただ聴いていればいい。それで効果があるとのこと。
それぞれのセッション間には若干の休憩時間を取るので、
体験したことの消化とグラウンディングをしっかりと行うこと。
一通りの説明を受け、各自部屋に戻りセッション開始。

■サイレント・モーニング(1) F27癒し&再生センター
CDに身を委ねて漂う。
まったりとしてくる。軽いクリックアウトを繰り返しつつF27到着。
レセプションセンターでバスから降りてくる人々の列に加わり
そのまま癒し&再生センターに行く。
ドアを入ると、そこは大きな部屋のようである。
部屋全体が黒いのか、暗いのか、床も壁も天井も見えない。
そんな空間の中に、人間が水平に寝た姿勢で浮いている。
ベッドがあるわけではない。ボディだけが水平になり、浮いている。
イリュージョン・ショーを見ているような感じである。
よく見ると、水平になって浮いている人間が何人もいる。
だいたい1.5m位の高さで浮かびながら、微かに揺らいでいる。
どの人間もみな、一様に気持ち良さそうな顔をしている。
・・・きっとこのように浮いて漂うような状態で癒されているのだろう。
ふわふわと浮かびながら瞑想でもしているのだろうか・・・
自分も、この人たちに混ざって浮かんでみる。
ふわふわとした浮遊感が何とも言えず心地よい。
ひたすらユラユラと漂うような時間の流れの中で、
気持ちが徐々に色彩を失っていく。
そして透き通るように薄れていく感じ・・・意識も一緒に薄れていく。
細かいクリックアウトを繰り返す。
漂いながら時々意識が戻るが、まだフリーフローが続いていることを確認すると
また意識が遠退いて行く・・・何とも気持ちが良い。
その後、C1帰還のアラーム音で意識が戻る。
漂いながら、完全に落ちてしまったようである。
やっちまった感はない。
非常に気持ちの良い一時を過ごした、そんな気分である。
十分に癒されたのだろう。
部屋を出て、外をしばらくゆっくりと歩く。
歩きながら日差しを心地よく感じる。
先ほどの癒し&再生センターで感じた心地よさと共通するものを感じる。
そうか、日差しを浴びながら自然の中を歩くことで、癒されるんだな・・・
そんなふとした気付きを得つつ、再び部屋に戻る。

■サイレント・モーニング(2) レトリーバル
先ほどのセッションで十分に癒されたため、今回のレトリーバルは期待できる。
ナレーションの誘導に従い、F27到着。
自分のSPに立ち寄ると、ガイドの高橋さんがニコニコしている。
待ってましたとばかりに、話しかけてくる。
「今日は面白い体験になるぞ♪」
「え? どんな?」
思わず訊ねてしまった。
「楽しみにしてろ、凄えから」
思わせぶりな言い方である。何が起きるというのだろう・・・
高橋さんと一緒にF23に移動。
真っ暗で何も見えない。右も左も前も後ろも分からないほど、真っ暗である。
やがて、遠くの方にうっすらと煙のようなものが一筋、
細く上空に立ち昇っていくのが見えてくる。
他に何も見えないので、その煙に向かって進む。
しばらく歩いていくうちに、何となく不思議な感覚になってくる。
自分が自分ではないような感覚、とでも言うのだろうか・・・
途方に暮れているような気持ちになる。
F23に来て、囚われている誰かを救出しようとしている自分の意識と同時に
救出される側の意識に自分が移入しているような感覚である。
そして、途方に暮れているのはF23の存在の気持ちであることに気付く。
まるで自分がF23にとらわれている存在になったような感覚である。
レトリーバル対象と同化してしまったのだろうか。
そんなことってあるのか?
そんなことを考えつつも、体験は進んでいく。
第二次大戦中のヨーロッパ、自分はアメリカ陸軍兵士、名前はリチャード。
ヨーロッパの何処かまでははっきりしない。
一緒に戦っていた仲間を探している。
確かに一緒に戦っていた筈なのに、誰も見えない。
みんなどこに行ってしまったんだろう・・・すっかり夜になってしまった。
真っ暗闇でほとんど何も見えないが、遠くに煙が立ち昇っているのは見える。
・・・自分がリチャードと同化しつつも、私としての意識も持っている。
こんな感覚は初めてである。
リチャードを(自分を)救出しなければ、と思っている。
本当にみんな何処に行ってしまったんだろう、仲間を探さねば・・・
腰に付けている無線機に気付く。
無線機を手に取り、仲間とはぐれてしまったことを喋る。
「私以外に誰もいません、自分が何処にいるのかも判りません」
無線から声が聞こえてくる。ひび割れた安っぽいラジオの声みたいに聞こえる。
「リチャード、そこから光が見えるか」
あたりを見回してみる。
何も見えない・・・いや、微かに何か見えてきたぞ・・・光だ、光が見える。
「見えました、かなり遠くの方ですがはっきり見えます」
「我々はその光のところにいる。光を目指して来い」
光を目指して歩き始める。
肩にかけたライフル銃が歩くたびにグイグイと食い込む。
だんだんと光に近づいてくる。
歩いていたが、小走りになり、結構な早さで走り始める。
早くみんなのところに行きたい!
林のような場所の向こう側に、明かりと数人の人影が見える。
そこに近づくと、一人の兵士がこちらを向く。
「おう、リチャード、探したぞ!」
「みんな無事だったんだな、良かった」
「ああ、みんな無事さ、向こうで集まっているから一緒に行こう。
食べ物や酒もあるぞ。このあとしばらく休暇になるから思いきり飲もう!」
そういいながら仲間達と肩を組んで歩き出す。
その瞬間、自分の意識がリチャードから離れる。
自分から離れたリチャードが、仲間の兵士達と前方に歩き去っていく。
横を向くと、ガイドの高橋さんが笑いながら立っている。
「な、凄え面白かったろ」
満足げに笑う高橋さんとともに、自分のSPに戻る。
ジャグジーに浸かりながら、横に寝ころんでいるポチの頭を撫でる。
まだ帰還までには時間がありそうだが、
今回はこれ以上レトリーバルする気にはなれないので、
ナレーションが聞こえてくるまでここでリラックスしていようと思う。
やがてナレーションが聞こえてくる。
C1帰還。
自分が救出する相手と同化する、という体験は初めてである。
同化してはいても、肉体を持った自分の意識も同時に持っている。
なんとも不思議な感覚だった。

■サイレント・モーニング(3) Vibe Flow
ただ聴いていればいい、というので何も考えずに聴いていたら
ものの見事にクリックアウト。
まあ、癒しとバランス調整のセッションなので寝てもOK、
とフランシーンも言っていたが、ここまで綺麗さっぱり落ちるとは・・・
セッションの後、昼食になる。

(つづく)

LifeLine 4日目(その2)

■4日目(2) DECによるヒーリング・セッション
レトリーバルの後は癒しのセッション。
2人1組になってお互いに生体マップにDECを送り合いヒーリングする。
例によって、自分がパイプとなり、宇宙の生命エネルギーを相手に流す。
セッション中、2人で向かい合い、目を瞑ってDECを送り出す。
何故か体中から汗がどっと噴き出してくる。
物凄いエネルギーが流れ込んでいるということだろうか・・・

■昼食後のお楽しみ
昼食の後、宿泊施設の経営母体であるアルソア化粧品の本社を見学に行く。
アルソア本社は宿泊施設からバスで5分ほどのところにあり、
建物は小淵沢の森の中に溶け込むようなたたずまいにも関わらず、
非常に近代的。まるでどこかの美術館のような建物だ。
本社内部を見学していく中で、坂本さんが
「物凄いものがあるんで、楽しみにしててね」
という。
何かは、行ってのお楽しみ、ということで、頭の中は期待でパンパンだ。
順番に本社の中の施設を案内してもらいながら、最後に行き着いたのが、
コアルームという名の会議室である。

コアルーム外観


まるで建物の中に突如円盤が出現したような、銀色の丸い物体。
なんだこれは・・・
入り口から中に入ると、中はドーム状の部屋になっていて、
周辺にぐるりと椅子が並べられている。

内部


なんだか何処かで見たことがあるような・・・
と思っていると、アザランさんが、
「これ、宇宙のしずくみたいじゃないですか?」
宇宙のしずくとは、ヘミ仲間のMIDさんがボブに言われて非物質界に創った
しずくの形を下施設で、その施設はどうやら別の次元か何処かに繋がっている
ようなのである。
つい先日も、ヘミ仲間で宇宙のしずくを使った共同探索を行ったばかりである。
・・・言われてみれば、確かに宇宙のしずくっぽいな・・・
そう思うと、何だか不思議な気分になってくる。
この間の共同探索では、宇宙のしずくを宇宙船に見立てて
みんなで火星探索に行ったのだが、その時にイメージしたのも
丁度こんな感じに、しずく内部にみんなで向かい合うような形で座っていた。
ある意味、シンクロ?
この施設が面白いのは、真ん中に立って声を出すと室内の全ての面からの
音の反射で、物凄く声が響くとこである。
一人ずつ、真ん中に行って声を出してみる。
真ん中に立って「あ~~~」と声を出すと、眩暈がするほどに声が渦を巻く。
面白い。
全員が真ん中で声を出した後、椅子に座って瞑想をする。
まずは全員で声をそろえてレゾナントチューニング。
その後しばらく瞑想に入る。
瞑想中、ノンヘミだがF12に行く。
意識が拡がり、モンロー研の草原のような広大なイメージが見えてくる。
そして情報が塊になって入ってくる。
・・・全ての出来事は自分の側面の反映である。
何かを使用とした時に、ネガティブなことが起きてそれを邪魔する場合、
まだ自分が前に進む準備が出来ていないということを知らせている。
全ての準備が整った時には、ネガティブなことが起きて邪魔をすることはない。
ちゃんと前に進んでいける。
・・・とまあ、翻訳すればこんな感じの情報だった。
瞑想の後、アルソア本社を出てセミナー施設に戻る。

■4日目(3) セカンド・レトリーバル
再びレトリーバル・セッションである。
だが、残念ながら派手にクリックアウトする。
帰還のナレーションで意識が戻る。
いかん、やっちまった!
そう思い慌ててF23に行くが、黒い石ころが幾つか転がっている地面が
何となく見えただけで、他には何も起きなかった。
無情にもナレーションはどんどんC1に誘導していく。
仕方がないのでC1帰還。

■4日目(4) ヒーリング・ジャーニーズ
レトリーバル・セッションの後なので、癒しのセッションである。
先ほどのセッションはクリックアウトしてしまい、何も知覚できなかったので
癒される必要もないな、と思いつつセッション開始。
案の定、クリックアウト。
午後のセッションは2本続けてクリックアウトしてしまった。
どれだけ寝れば気が済むのだろう・・・

■4日目(5) あなたの死後にご用心
夕食の後のセッションはお楽しみタイムとなる。
映画鑑賞会である。
メリル・ストリープ主演の「あなたの死後にご用心(Defending Your Life)」
死後の世界を描いたコメディ映画で、フランシーンによれば
F27によく似た世界を描いているという。
観た感想としては、確かにF27に似ているなと思える描写が数多く出てくるが
アメリカ人の宗教観が入ってしまっている部分もあるため
まんまF27、という感じではないかな、と思った。
あくまで私見ではあるが。
映画としては、とても軽いタッチで笑えるシーンも満載で十分に楽しめた。
今日はこれで全セッション終了である。
toseiさんらと会話をして、就寝。

LifeLine 4日目(その1)

いよいよ今日からレトリーバルである。

■4日目(1) ファースト・レトリーバル
最初にフランシーンからレトリーバルについて説明がある。
初めてレトリーバルをする人の中には、様々な不安が渦巻いているものだ。
レトリーバルする時には、そういう心配事や不安をしっかりと
エネルギー変換箱にしまいこむ。
そして、準備の段階で、自分(特に左脳)と十分に会話をする。
まず、左脳に感謝する。
その上で、左脳に次のように語りかける。
「いつも感謝しているが、今回はレトリーバル中、静かにしていてくれ。
代わりに別の重要な仕事をお願いしたい。
今回の体験について、しっかりと記憶しておいて欲しい」
なるほど、左脳が余分な解釈をして体験の邪魔をしないようにするという事か。
続いてセッションの流れについて説明。
まずF27の公園に行く。
そこで自分のガイドに手助け、導きをお願いする。
普段と違うガイドが現れてくることもある(レトリーバル専門?)
イメージとして見えることもあるし、ただ存在を感じることもある。
風として肌で感じる、温度変化を感じる、光が見える、手を握られる、など
自分をオープンにすることで、何らかの存在を感じることが出来る。
仮に存在を感じることが出来なくても、必ず自分のそばにいてくれる。
だから安心してレトリーバルに臨むこと。
ナレーションに従いF23に移動する。
ガイドがレトリーバルするべき対象のところに連れていってくれる。
多くの場合、淡いイメージや、ふとした閃きとして何かを感じるので
それに意識を集中してみる。
あとはその場の状況次第だが、相手の注意を自分に向ける事を意識する。
ガイドが手助けしてくれるので、その手助けの通り進めればうまくいく。
必要に応じて説得が必要になることもあるが、失敗することはほとんどない。
ガイドがレトリーバル出来る相手を選んで連れていってくれているため。
なるほど、そりゃそうだよな、あえてうまくいかない相手のところに
連れて行くなんて、意味ないもんな、と思う。
各自、部屋に戻りセッション開始。
導入のメタミュージックの後、セッションスタート。
ナレーションに従い、F27経由でF23に到着。
最初何も見えない薄暗い空間が拡がっていたが、だんだんと何かが見え始める。
・・・病室。
若い女の子が寝ている。
意識を女の子に向けると、情報が塊になって入ってくる。
・・・不治の病で亡くなった。
きっとこの病院の、このベッドで亡くなったのだろう。
私は医者(女の子の主治医)に扮装しベッドの横に立つ。
「・・・あ、先生・・・」
「だいぶ顔色が良くなりましたね」
ナレーションが名前を訊ねるように言っている。
名前を訊ねろと言われても、今回の状況では私はこの子の主治医である。
主治医の私が「キミ、名前は?」と訊くのは不自然だろう。
そう思っていると、女の子の寝ているベッドの横に
患者の名前と主治医の名前が書かれたプレートが掛かっているのが見える。
そのプレートを見ると、女の子の名前は「小暮ゆう子」
ゆう子さんか・・・名前は分かった。
「ゆう子さん、気分が良いようなら少し起き上がって外でも散歩しませんか」
女の子は素直にベッドから体を起こす。
私は看護士(どうやらガイドのようである)の助けを借りて、
女の子を車椅子に座らせる。
そのまま車椅子を押して、エレベーターに乗る。
「どこに行くんですか?」
「ん?屋上でお母さんが待ってるよ。一緒に外の空気を吸おう」
「お母さんが来てるんだ(嬉しそう)」
程なくエレベーターが屋上に到着。屋上がF27らしい。
外に出ると、とても天気がいい。
そして女の子のお母さんが近づいてくる。
「だいぶ元気になったわね、あなたの大好物を持ってきたのよ」
お母さんはそういって、リンゴを取りだす。
このお母さんはヘルパーか?
お母さんはリンゴを丁寧にむいて、女の子に食べさせてあげる。
「もし歩けるようだったら、少し歩くと良いよ」
「ほんとですか?歩いてもいいんですか?」
そういうと、女の子は嬉しそうに車椅子から立ち上がる。
そしてお母さんと一緒に歩き出す。
「お疲れさま」
看護士が声をかける・・・ガイドのユーカリさんだ。
どうやらレトリーバルは無事に終了。
自分のSPに戻り、ジャグジーに浸かってリラックス。
ポチが寄ってくる。
ジャグジーに浸かりながらポチの頭をなでてやる。
なんとも気持ちがいい。すごくリラックスできる。
このままナレーションが聞こえるまでここでゆっくりしていることにする。
しばらくしてナレーション。
C1帰還。

ライフラインにおける最初のレトリーバル・セッションは
何とかうまくいったようである。

(つづく)

LifeLine 3日目(その3)

■3日目(4) イントロ・フォーカス27(Going Home版)
いよいよ今日の午後からF27の探索である。
まずは入門編ということで、Going Home の「死後世界ツアー」で
F27を垣間見てくる。
フランシーンいわく、
Going Home というCDは、死を間近に迎える末期患者の
あちらの世界への移行をスムーズにするためのプログラム。
日本語版は「患者用」のみのリリースだが、オリジナルはサポート版という
患者をサポートする家族や医療スタッフ向けのCDもある。
このシリーズは、後半のセッションにはC1に戻る誘導ナレーションが
入っていない。
これは患者自身が戻るか否かを選択出来るようになっているため。
こう言うと、普通に私たちが聴いていて、戻ってこないことも可能なのか、
と思ってしまうが、戻ってこられないということはまず無いとの事。
では何故、末期患者だとその選択が可能なのだろう?
死期の近づいた患者の場合、意識が肉体から抜け出し易いということか?
フランシーンいわく、
Going Home に収録されているヘミシンク・シグナルは
他の(WAVEシリーズなどの)CDに比べ少ないそうである。
末期患者は意識の多くの部分が変性意識状態に既に入っているため、
少ないシグナルで十分なのだそうだ。
なるほど、と思う。
各自、部屋に戻りセッション開始。
・・・やっちまった!
またも完全にクリックアウトである。
ルームメイトのTadさんに、
「jazzさん、F12あたりからいびきかいてたよ、あと寝言も言ってた」
・・・って、おいおい、なに気持ちよくお休みしてんだよ!
昼食後の1発目は、このパターンになりやすい。

■3日目(5) イントロ・フォーカス27(正式版)
前回のセッションで健やかにお休みしたので、今回こそは、と気合いを入れる。
今回のセッションに使うCDは、Going Home とは違い、しっかりと
ヘミシンクシグナルが入っているとのこと。
その違いが結果に現れると良いのだが・・・
セッション開始。
今回はガイドに、しっかりと体験できるようお願いする。
ナレーションに従い、F23到着。
日本の田舎風景が拡がっているのが見える。
2日目の夜のセッションで見かけた女子高生だ。
やはり彼女をレトリーバルすることになるのだろうか・・・
そのまま素通りし、ナレーションに従いF27へ。
F27到着。
今回は意識がしっかりしている・・・よしよし、と。
公園が見えてくる。
芝生の手入れが行き届いている。日差しの中、とても明るい公園。
幾つか置かれているベンチには数人の人が座って談笑している。
その後、ナレーションに従いレセプションセンターに移動。
いつもそうだが、空港のような巨大な建物。
ガラス張りの側面は、ニューヨークのJFK国際空港を思わせる。
中に入ると、バスのような乗り物からたくさんの人がゾロゾロと降りてくる。
その人たちを、白い制服を着た係員(ヘルパー?)が誘導している。
中には、チラシのような紙を渡している係員もいる。
紙に何が書かれているのかよく見えないが、「ようこそ」みたいな感じか?
建物の裏手にまわると、シルク印刷で大きなキャンバスに絵を印刷している。
シルク印刷? 絵? ・・・まさかアンディ・ウォーホルだったりして・・・
道路に出る。
道幅は広いが、センターラインがない。
ガイドによると、こちらでは事故とか無いので、ぶつかる心配がない。
このため美観を損なうセンターラインは描かないのだという。
分かったような、分からないような説明だ。
ナレーションが帰還を促す。
ナレーションに従い、ゆっくりと帰還。
帰りにF25で、上空を飛ぶようにして通過する際、下方に大勢の人の群れを
見た。彼らが何をやっているかまでは分からなかった。
C1帰還。
セッション後のデブリーフィングでこの体験をシェアすると、
乗り物が出てくるというのは多分にシンボリックな意味があるとのこと。
一緒に飛行機に乗っているとか、電車に乗っている、というイメージは、
そこにいる存在と一緒に移動していることがあるそうで、
自分で気付かずにレトリーバルしていることもあるのだという。
なるほど、と思う。
自分が意識しようがしまいが、レトリーバル出来ていればいいわけで、
それでも十分にあちらの世界に対する奉仕になっている、というのが面白い。

■3日目(6) スペシャルプレイス(SP)を創る
フランシーンによると、F27という領域はC1にあるようなものを創るのが
とても簡単な領域だという。
これは、今生を終えた意識を癒すためにC1とよく似た施設が沢山あること、
次の生に向けて教育する施設などがあることにも関係しているのかもしれない。
この領域に作られているものは、形だけでなく、匂いや手触りなども
C1にあるものと間違うほどにリアルだという。
私はイメージくらいしか感じたことがないので、触覚などのリアルさは
経験がないが、感じる人はリアルに感じるのだろう。羨ましい。
もっと面白いのは、この領域には人間だけでなく、別の種類の生命体の為の
場所とかもあるという。
それも一度見てみたい気がする。
今回は自分のスペシャルプレイスを創るセッションだが、
私は以前に創ったものがあるので、これをもう少し充実させてみようと思う。
そういえば、最近新しいガイド(いがぐり頭の中学生ガイド:熊田くん)も
仲間入りしたので、彼の席も用意しなければ。
F27到着。
自分のSPに移動する。
私のSPは、海沿いにある水上コテージで、外テラスにジャグジーがある。
テラスの前は、どこまでも続く遠浅のラグーンになっていて、
ジャグジーに浸かりながらこのラグーンの透明な海を眺めてリラックスする。
ジャグジーの横には丸テーブルが置かれていて、
ここには4つの白いイスが置かれている。
ここにいつも3人のガイドが座って、私を迎えてくれるのだ。
残ったひとつのイスは私が座り、ガイド達と話をする。
だが、熊田くんが加わると、イスがひとつ足りなくなるな、
そう思いつつ外テラスに行って見ると、
なんと丸テーブルは長方形のテーブルに変わっているではないか。
そして、4つあった白いイスは3つに減り、長イスがひとつ追加されている。
そしてそして、その長イスには熊田くんが横になっているではないか!
「俺の席、無かったから創っといたよ」
まあ、勝手にやってらっしゃる。それはそれでいいが。
コテージの中に入ってみる。
ここにもひとつ部屋が増えている。
窓の無い、暗い小さな部屋がひとつ増えた。
部屋の中には縦長の繭のような形のイスが天井から吊るされている。
・・・何に使う部屋だろう?
何だか分からないが、私のSPは勝手に少しだけ変わっていた。
面白い。
セッション後のデブリーフィングで、何人かの人が自分のSPについて
シェアした。
その中で、Tadさんがメイド喫茶を創ったというのを聞いてのけ反る。
さらに、自分が可愛いメイドに変身して接客するというので、
再びのけ反る。
なかなかTadさんは大胆不敵だ。

■3日目(7) フリーフロー・フォーカス27
3日目最後のセッションは、F27に慣れる意味を込めてフリーフロー。
今日はかなり盛りだくさんだった所為か、疲れがだいぶ来ている。
クリックアウトすることはなかったが、セッションに集中できない。
何度もベッドの上で、足を組み替えたり手の位置を変えたりする。
落ち着かない。
F27到着。
SPをもう少し充実させようと思うが、うまくいかない。
悶々としてくる。
そこへ、昔飼っていたペットの犬(名前はポチ)が近づいてくる。
そして外テラスに寝転がってしまったではないか。
もしかしたら、ポチも私のガイド?
・・・かもしれないな、と思う。
SPで飼うことにする。
どうもいまいち集中できない。
ふと、Tadさんの創ったメイド喫茶に行ってみようと思いたつ。
メイド喫茶を探すと、すぐに見つかった。
店内に入ると、一人のメイドが寄ってくる。
「お帰りなさいませ、ご主人様
そういってニッコリと微笑んだメイドを見ると、
なんとメイドの格好をしたTadさんではないか!
格好はメイドなのに、顔はTadさんのままである。
セッション中なのに、大笑いしてしまった。
Tadさん、顔もちゃんと変身しといてくださいよ、お願いしますよ(笑)
その後、ナレーションに従い帰還の途につく。
途中、F23で薄暗い湖が見えてくる。
そんなに大きな湖ではない。一隻の手漕ぎボートが浮いている。
若い女がボートのヘリにもたれかかるようにしてうつ伏せている。
よく見ると、手首が血だらけである。
自殺でもしたのだろうか。
何もせず、その女の前を素通りしてF21へ移動。
さらにナレーションに従いC1帰還。

セッション終了後も気分がすぐれない。
セミナー棟に水を飲みに行く。水を飲んでしっかりグラウンディングしよう。
水を飲み、しばらくイスで休憩しているうちにだんだんと気分が戻ってくる。
この不快感の原因は何だったのだろうか。
単なる疲れだろうか。
それともメイドの格好をしたTadさんを見たからだろうか・・・

LifeLine 3日目(その2)

■3日目(2) Free Flow F25
フォーカス25のフリーフロー。
この領域は信念体系領域と呼ばれ、様々な信念に囚われた人達が集まっている。
今回はこの領域でフリーフロー。
フリーフローといっても、レトリーバルをするのではなく、
あくまで観察者としてF25を探索する。
この際に、このセッションの前にやったワークショップで明らかになった
自分を制限している信念を手放してくる。
F25は信念体系領域と言うだけあって、信念を引きつける力が強いので、
手放したい信念を手放しやすいという。
各自の部屋に戻り、セッション開始。
・・・みごとにクリックアウト。
やっちまった・・・
こういう宿泊セミナーに参加して、セッション中にクリックアウトすると、
ものすご~くやっちまった感が強い。
色々と事前の説明を聞き、期待で頭をパンパンにしてセッションに望み、
クリックアウト・・・
そりゃ、やっちまった感全開になるよな・・・

■3日目(3) ワークショップ(別の人にヒーリングエネルギーを送る)
フランシーンからリモートヒーリングについて説明がある。
1971年に、フランシーンは政府関係のある生物医学組織でリモートヒーリング
について研究していた。
その頃、フランシーンの秘書の娘が、学校の体育の授業中に
腕を骨折するという怪我をした。
そこでフランシーンはその娘に対し、リモートヒーリングを行った。
するとなんと、たったの数日しか経っていないにも関わらず、
折れていた筈の腕の骨から、骨折の形跡が消失していたという。
これは相当にびっくり仰天のエピソードだが、本当のことらしい。
今では、モンロー研でもこのリモートヒーリングを使った癒しのプログラムを
行っている。
「Dolphin Energy Club」というのがそれで、
エナジー・バー・ツールをイルカに変えて、癒したい相手にイルカを放つ。
これを複数の人で一斉に行うと、相当量の癒しエネルギーが本人に送られるため
かなりの効果が期待できる、ということらしい。
この Dolphin Energy Club の頭文字をとって、
モンロー研ではイルカのことを「DEC(デック)」と呼ぶ。
今回のワークショップでは、誰かを選んでその人に参加者全員でDECを送る。
それによって癒したい箇所を癒せるということを体験する。
DECの送り方についてフランシーンから説明。
まず、エナジー・バー・ツールをイルカ(DEC)に変化させる。
そして、癒す本人が完璧に治っている、と思う(治っていることに意識を集中)
本人の症状については知る必要はない。
自分のグレーターセルフが相手の癒すべき場所を知っているので
大丈夫なのだそうだ。
本人に直接DECを送る、というよりも、本人のグレーターセルフが
そのエネルギーを使うことをイメージして、愛とともにエネルギーを送る。
自分は「無限の宇宙のエネルギーを通すチューブのようなものである」
とイメージする。
自分を通して相手に宇宙の生命エネルギーが流れ込んでいく。
そのパイプを相手まで届けるのがDEC。
このようにイメージすることで、
癒す相手にエネルギーを送る時、宇宙の生命エネルギーが自分を通して
相手に流れ込んでいくため、相手を癒すと同時に自分も癒される。
以上のような思いをDECに込めて、相手に向けてDECを解き放つ。
私は冒頭のフランシーンの話し(骨が繋がってしまった)にかなり衝撃を受けて
いたため、是非とも自分にエネルギーを送ってみて欲しいと思った。
「誰かリモートヒーリングを受けてみたい人はいる?」
フランシーンからの問いかけに、私は立候補した。
ほかにマキコさんも立候補する。
また、リモートヒーリングなので、家族とか友人で癒したい人がいるか
候補を募ったところ、参加者のご家族2名も一緒にヒーリンクすることになる。
勿論、ご家族の方のことを本人以外は誰も知らないわけだが、
それでも全く問題ないという。
その人の名前と住んでいる場所など、最小限の情報だけあれば、
あとは自分のグレーターセルフが相手と繋がれるので、大丈夫だという。
DECを送る相手も決まったところで、各自部屋に戻りセッション開始。
私は私以外の3人にDECを送る。
癒す相手の生体マップをイメージし、イルカ(DEC)を送る。
DECは勢いよく私の右肩から飛び跳ねるようにして、
3つの生体マップに(3体に分裂して)飛び込んでいく。
そこから先はDEC任せである。
イルカは人間と同様に知性を持った生命体のため、癒しが必要な部位を
自分で見つけて癒してくれるのだそうである。
こちらでイメージしたり、いちいち指示しなくて良いというのは楽チンである。
DECと自分がパイプで繋がっているイメージしつつ、
自分から生体マップに向けてエネルギーが流れ込んでいくイメージをする。
イメージはするが、別段何も変化はおきない。
こうしてエネルギーを送っている最中にも、他の人たちからエネルギーが
自分に送られているのかな、などと考える。
実は私は腰に持病があり、今回もセミナー参加時からやや腰の辺りが
怪しい感じだったのだ。
痛い、まではいかないが、重くだるい感じが腰の下部に滞っている。
これが治ってしまったら凄いことだよな、などと考えてみるが、
特に腰に変化は感じられない。
そのままセッション終了。
ヘッドフォンを外し、ベッドから起き上がってみる。
腰に意識を向けると、若干だが違和感が少なくなっている気がする。
これはDECの癒しパワーか?
・・・そんなに明確に効果が実感出来るわけではないかな・・・
その後ランチになり、長い昼休みを経て午後のセッションとなるが、
午後のセッションが始まる頃には、なんと!
腰の違和感が全くなくなってしまっていたのだ!
これには驚いた。
凄い効果である。たった2時間程度の間に、こうも変化があるとは・・・
きっとみんなのDECが私の腰にエネルギーを注いでくれたんだな、と思う。
自分で実感できてしまうと、先ほどのフランシーンの
骨折した骨が数日で繋がってしまった、という話しも真実味が増してくる。

(つづく)

LifeLine 3日目(その1)

■3日目(1) ワークショップ(自分の信念を知る)
3日目はセッションに入る前にワークショップを行う。
まずフランシーンから信念についての説明。
信念の定義とは、
「自分自身の体験を体系化して蓄えるための精神的な枠組み」とのこと。
信念とはフィルターのようなものであり、見聞きしたものは全てここを通る。
それにより知覚されたものを体系化する。
信念はフィルターなので、色の違うフィルターを通れば違った色に見えるように
信念が違えば同じ体験をしても違った理解に達する。
信念があるから、今の自分の価値観がある、といっても良い。
科学偏重主義者にスピリチュアルな話をしてもなかなか理解されないのは
そう言う信念のフィルターを通して話しを聴くから。善し悪しの問題ではない。
信念は別に悪いものではない。
人間が生まれ育ってくる過程で培われてきたもので、おもに幼少期に親から
強い影響を受けている事が多い。
信念がなければ物事を体系化することも出来ないし、理解も出来ない。
昔、オーストラリアにキリスト教の宣教師たちが布教に訪れた時の話し。
宣教師たちは自転車に乗り布教活動を行っていたが、ネイティブ(現地人)には
自転車というものに関する信念がなかった。
このため現地人には自転車が見えず、宣教師の乗った自転車にぶつかる事故が
頻繁に起こったとのこと。
嘘のような話しだが、本当のことらしい。
同じような例で、Gateway Voyage の際に「マゼラン効果」に
ついて聴いた。
これはマゼランが巨大な船に乗り世界を旅していた時に、ある町に立ち寄った際
現地の人々にはマゼランの乗ってきた船が見えなかった。
これは現地の人々の信念に、船というものは数人の人が乗り、漁をするもの
であり、何百人もの人が乗って大海原を旅するものという概念が無かったため
目の前に巨大な船があるにも関わらず、全く見えなかったというのだ。
マゼランが現地の人たちを自分たちの船に案内し、中を見せてやり、
巨大な船について十分に説明してやって初めて、彼らの目に船が見えるように
なったという。
これも嘘のようだが本当の話らしい。
信念に無いものは眼前にあっても体系化できないため見えない、ということか。
これがUFOが見えない理由だという。
なるほど。
フランシーン曰く、
信念が知覚を制限していることに気付くことが必要。
気付くことで、制限を外していくことが可能となる。
ここで再びたとえ話。
象の調教師は、子象のうちに足を杭に紐でつなぐ。
子象は何とかして紐を切ろうと必死でもがくが、子象の小さな体では切れない。
やがて子象は紐を切ることを諦めてしまう。
もうこの紐は切れないんだ、という信念。
すると、この象は大人になって大きな体と力を持つに至っても、
紐に繋がれると逃げようとはしないのだそうである。
ちょっと引っ張れば切れるほどに細い紐であっても・・・
私たち一人一人についてもこの象と全く同じことが言える。
自分を制限している信念の存在に気付かずに過ごしている人が非常に多い。
本当は制限など何もないのに。可能性は無限に拡がっているのに。

ということで最初のワークショップは、自分の信念を知ろう、というもの。
自分を制限している信念と、自分を拡大する信念を紙に書き出す。
自由に考えることが出来るように、約20分ほど、好きなところに行って
自由な感覚で考えていい。
私はセミナー棟を出たところの広場の手すりに腰を下ろして考えることにする。
ここからは南アルプスの山並みが雄大に拡がっているのが見えて気持ちがいい。
しばらく山並みを眺めながら考える。
自分を拡大する信念・・・私にはどんなことにでもチャレンジする権利がある・・・
そう思うと同時に、でもなぁ・・・事によっては妻が反対するだろうな・・・
という、自分を制限する信念が湧いて出てくる。
色々と浮かんでは来るが、そのほとんどが拡大/制限の対になって出てくる。
ある意味面白いな、と思う。
時間になり、セミナールームに戻る。
すると、机の上に白い紙とクレヨンが置かれている。
フランシーンから説明がある。
これからヘミシンクを聴いて知覚を拡大し、その後、思いのままに
画用紙に絵を描いていく。
描く際には、何を書こうとか考えず、瞬間瞬間の思いをそのまま描くこと。
ということで開始。
数分のメタミュージックを聴いた後、各自思い思いに画用紙に絵を描いていく。
ほとんどの人が書き上がったと思える時間が経ったところで描くのを終了。
2人1組のペアになり、お互いの絵を見せ合う。
そして感じたままを言ってもらう。
私は三重県から参加されているhiroshiさんとペアになる。
彼とは4月のモンロー研でも一緒だったのでよく知った仲である。
彼に私の絵を見てもらう。

workshop_drawing


「なんかjazzさんらしくない、パステル調の可愛らしい絵ですね(笑)」
「びっくり箱をひっくり返したような華やかさを感じます」
「見つめたくない現実から逃避したい、みたいな・・・
爆発したら止まらない・・・みたいな感じも受けますね」
「なんか我慢しているというか、そんな感じも受けます。描くのを途中で
止めているように見えるところもあったりするんで」
「ムチャクチャな中にバランス、調和も感じる不思議な絵ですね」
など、思いのままの感想をいただいた。
hiroshiさんの感想を聞きながら、不思議な思いにかられた。
結構自分の本質を突いている。
知覚を拡げ、自分の内面から湧き上がってくるものを、何も考えずに
画用紙に描くことで、自分の本質が表現されてしまうのだろうか。
絵としてはものすごく稚拙だし下手くそだが、それは置いておいても
そういうものが相手に伝わるということが面白い。
勿論、hiroshiさんも知覚が拡大している状態で見てくれている、
というのもあるのだろうが。

(つづく)

LifeLine 2日目(後編)

長い昼休みの後、2時30分から午後のセッションスタート。
午前のセッションについて若干の補足。
F23などの存在をC1につれて帰ってきてしまわないか心配する人がいるが
そういうことは無いので心配は無用との事。
ただし、自分自身の「思い・心配」などを持ち帰ってくることはある。
またF23の存在は、その場に囚われていても別段困っていないように見える
事も多い。
なので、話しかけたりしてこちらに興味を引きつけるのがコツ。
なるほどな、と思う。
フランシーンは説明が非常に分かりやすく、かつ的確なため理解しやすい。
さて午前中にF23を観察してきたので、午後最初のセッションは
イルカを使った「癒し」のセッション。
ライフラインでは、F23~F26のセッションと癒しのセッションを交互に
繰り返す形で進めていくらしい。
レトリーバルを立て続けにやるのは、さすがに厳しいということだろうか。

■2日目(4) DEC into Free Flow F23
F10でイルカのDECを呼び、自分自身を癒してもらう。
私の苦手な生体マップのセッションである。
どうもこのセッションは苦手である。なかなかイメージが巧くできない。
F10でDECに癒してもらい、その後F21経由でF23に行く。
その後、F23のフリーフロー。
今回も観察者に徹する。
その後ナレーションに従いC1に帰還する、というのがセッションの流れだが、
完全にクリックアウトしてしまった。
疲れていたからか、苦手意識がクリックアウトを誘発したか、はたまた・・・
理由はさておき、完全に体験ゼロである。
私以外の参加者は様々な体験をしていたようである。
F23では、海底に沈んだ船から白い物体(生命体?)が次々に浮いていくのを
見たとか、黒いスリッパが見えたとか・・・
私はといえば、完全に記憶なしのため、やや残念な心持ちになる。
気を取り直して次のセッション。

■2日目(5) イントロ F25
いよいよF25の探索である。
F25は信念体系領域と呼ばれ、様々な信念に囚われた人たちがいる。
上の世界(F27)に行くことを制限する何らかの信念が存在する。
この領域に囚われている人たちは、多くの場合、自分が死んでいることに
気付いている(気付いていない人も勿論いるが)
物質世界に強い執着がある人たちは、いわゆる「霊」となって物質界に姿を現す
事もあると言う。
また、何らかの理由(信念)により、恐れの感情を強く抱くあまり、
誰にも見つからないように隠れている人もいるらしい。
強い信念に固執するあまり、そこにいる人たちは必ずしもそこを離れたがって
いない。
そういう人たちは説得しても(F27に)付いてこないことも多いという。
またこの領域はF24~F26まであり、制限力(信念)の強さの度合いにより
分かれている。
制限(信念)が強いほどフォーカスレベルは低い(F24)
また、その人の持つ信念によっては、非常に美しい世界もたくさん存在する。
何はともあれ、観察者としてF25を訪れてみよう、
ということでセッション開始。
準備のプロセスの後、フォーカスレベルを上げて行く過程で
ガイドの高橋さんにちゃんと知覚できるよう、十分にお願いする。
「任せとけって、心配すんな。ばっちり体験させてやっからよ!」
相変わらず威勢がいい。
F21を通過。ブリッジカフェが見える。
F23到着。
のどかな田園風景が見えてくる。
何処か田舎の方・・・勿論日本の風景である。
なだらかな山並みを背景に、青々とした田園が拡がっている。
その田園を二つに切り分けるように、線路が1本(単線)延びている。
民家などひとつも見えないが、何故か田んぼの真ん中に小さな駅が見えてくる。
屋根もない鄙びた無人駅のホームのベンチに、一人の女子高生が座っている。
真っ白なセーラー服を着た女子高生は斜め下を見つめたまま微動だにしない。
今回は観察者のため、何もせずその女子高生を見ているだけである。
やがてナレーションがF25に誘導する。
F25到着。
最初は何も見えてこなかったが、だんだんとイメージが見えてくる。
・・・古代日本?・・・弥生時代あたりだろうか、服装が何となくそんな感じ。
畑仕事をしている男が二人いる。
印象として、この土地の地主に搾取されている・・・
続いて別のイメージが見えてくる。
炭坑の薄暗いトンネルの中、大勢の坑夫が仕事をしている。
汗だく、泥だらけになって炭坑を掘っている。
辛い仕事だと思っている感情が伝わってくる。
ここを出たら思う存分女を抱くぞ、と思いながら力を込めて掘っている。
別のイメージ。
雑踏が見えてくるが、その雑踏のイメージが徐々に大きな部屋に変化する。
部屋と言うより、何処かの学校・・・大学の講堂のようなところか。
講堂ではない・・・大きな教室、階段状になった大きな大学の教室か?
多くの学生が試験を受けているようだ。
視線が徐々に上に移る。
ステンドグラス?・・・大学に?
とか思いながら視線を元に戻すと、そこは教室ではなく教会に変化している。
別のイメージ。
ペルーのマチュピチュ遺跡。
上空から遺跡を見下ろすように飛んでいる。人影は見えない。
別のイメージ。
ナチス兵士。
多くのユダヤ人を列車に乗せている。
列をなすユダヤ人たち。どこに連れて行かれるのか知らずに列車に乗り込む。
ナチスの兵士はどこに連れて行かれるか知っているため、彼らを気の毒に
思っている。
が、上官の命令で仕方なく列車に乗せている。
別のイメージ。
60年代後半?のアメリカ。
ヒッピーたちが薄暗い部屋に5~6人で集まっている。男も女もいる。
サイケデリックなライト、ピンク色の暗い照明?
カーテンの引かれた部屋の中でマリファナを回している。
音楽が聞こえる。
・・・キャロル・キングの「It's too late」だ。
物凄くdullな感じ・・・
ここでナレーション。
C1帰還。
戻ってくる途中、ガイドの高橋さんが得意げに
「な、いろいろ見えたろ?」と言ってくる。
「色々見えましたけど、あのイメージは自分にどう関係するんですか」
「何らかの形で全部お前に関係あるんだよ。だから見えたんだ!」
何がどう自分に関係があるのか聞こうと思ったが、C1に戻ってきてしまった。

今回の体験で非常に貴重だったのは、
イメージとともに音楽が聞こえてきたことだ。
それもかなりはっきりと、歌手や曲名まで明確に。
フランシーンにこのことを質問すると、知覚が拡大している証拠だと言う。
とても言い兆候だ。

2日目のセッションはこれで終了。
寝る前に宿泊棟のロビーにあるイスで、ブログをチェック。
出来ればタイムリーに体験を報告したいが、疲れ果てているため無理そうだ。
少し参加者たちと話をして寝る。
NEXT≫
soul station について

物質界と非物質界を行ったり来たり。 自らのヘミシンク体験記録。

ヘミシンクのことを初めて知ったとき、「ホントかよっ!」 と半信半疑だった。 同時に 「ホントだったら凄いな!」 と心の何処かで興奮した。 これは自分で確かめるしかない。 ということで、自らのヘミシンク体験を記録し始めた。

プロフィール

jazz

Author:jazz
プラス思考でもマイナス思考でもなく、ニュートラルが一番と思って生きてきたが、ヘミシンクを通して、やっぱりプラス思考の方が理に叶っていると思い始めている。 趣味はヘミシンク、音楽はジャズ、飲み物はコーヒー、そして機械式腕時計の好きな中年オヤジである。

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