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クリックアウト考

ヘミシンクをやっていると必ずといって良いくらい、クリックアウトという現象に見舞われる。
これは、ヘミシンクを聴いていて意識がある程度の時間、飛んでしまう現象である。
感覚的には疲れて眠ってしまっているのと見分けが難しいが、いずれ意識が飛んでいることに
変わりはない。
ヘミシンクを聴き始めた頃、何も知覚出来ない(正確には知覚出来ていないのではないが)
状態の時は非常に頻繁にクリックアウトがおきる。
そして、何かを知覚出来るようになってくると、クリックアウトの頻度は減り(だが決してゼロには
ならない)、
しばらくすると、再びクリックアウトが頻発するようになってくる。
ちょうど、今の私は F27 は問題なく知覚出来るようになって、F35 もちらほら知覚出来るかな、
というレベルだが、ここのところクリックアウトを頻発するようになっている。
ある程度知覚出来ていたのに、クリックアウトばかりになり、なにも覚えていない、という状態は、
正直楽しい状態とは言えない。
クリックアウトしてしまい、ナレーションの帰還を促す声で意識が戻ったりした時は、
はっきり言って、苛っとしてしまうこと多々である(そう、私は人間が出来ていないのだ)
これらの状況について、ガイドに尋ねたり、ものの本で情報を仕入れたり、他に頑張っておられる
ご同輩のご意見を賜ったりしながら、私なりにひとつの仮説に到ったので、
ここにご紹介してみたいと思う。

先日、F35 で I/T に尋ねた際、返ってきた答えは
「クリックアウトは、知覚している事柄を理解出来ない場合に意識が集中出来なくなる状態のこと」
というものだった。
理解出来ない事柄を知覚する、とはどういう状態のことだろう?
ここから結論に到るプロセスを長々と記述するつもりはない。大事なのは結論である。
結論はこうだ。
「理解出来ない内容に関しては、興味が持続しない」
例えば、あなたが物理学とかに全く興味がない人だとして、
そんなあなたが大学の量子力学講座を受講している状況をイメージして欲しい。
講義しているのは、もう退官間近の老教授である。
マイクを持って、何やら量子力学の小難しい定義について延々と喋っている。
おまけに滑舌が悪いので、言葉そのものも至極聞き取りにくい。
黒板に訳の判らない方程式をズラズラと書いているが、字が小さく、おまけにくせ字で
読み取りにくい。
講義が始まって5分、10分、15分・・・段々と眠くなってくると思わないだろうか。
これがクリックアウトの正体なのではないか。
ヘミシンクを聴いていて、今の自分のキャパシティでは理解出来ない光景を知覚したとしよう。
今までの自分の意識、経験からでは、それが何なのかすら判らない。
見るのも聞くのも全く初めてのものが意識に入ってきたら、それをどう知覚するだろうか。
ブルース・モーエン氏の著書によると、人はそれら未知の知覚を、自分の今までの経験の中で
最もそれに近いと思われるものに置き換えて理解しようとする、のだそうだ。
だから、同じものを知覚しても人によってとらえ方が違ったりするのだろう。
これは非常に明快な説明であり、解りやすいのだが、では自分の経験に置き換えることの
出来ないものを知覚してしまった場合には、どうなってしまうのだろうか。
この場合、意識が集中力を徐々に失っていき、やがて意識そのものが途絶えてしまうのだそうだ。
なるほど、これがクリックアウトである。
まさしく、上の例のような状況(訳の分からない講義を理解出来ずに聴いている状況)に
意識が陥るのだ。
だから、ヘミシンクを聴き始めたばかりの頃にクリックアウトを頻発するのだ。
それでも毎日繰り返し聴き続けるうちに、知覚能力が徐々に向上していくのだろう、
何かを知覚出来るようになっていく。
知覚出来てしまうと、あとは面白いようにいろんなものが見えてきたりする。
上の例で言えば、物理学の基本みたいなものが身についてくることで、初歩の量子力学が
多少理解出来るようになってくるのだ。さらに教授の滑舌悪い喋りや癖のある字にも慣れてきて、
理解が深まっていく。
こんな感じではないだろうか。

ところが、教授の講義が基本から応用に及んで行くにつれ、再び訳が分からなくなってしまう。
物理学の基本事項だけでは理解しきれない領域に、講義は進んでいるのだ。
今の私にとって、F35 とか、その先のフォーカスレベルは、まさにこの状態なのではないかと思う。
I/T とかの存在は理解出来ても、その集合体である I/T クラスターや、
さらにその先にあるという I/T スーパークラスターの存在などは、恐らくちゃんと理解出来る素地が
まだ私の中に出来ていないのだろう。
勢い、そういう知覚があっても理解出来ず、意識がなくなってしまう。
クリックアウトである。

これはしかし、聴き続けるしかないのだろうと思う。
聴き続けることで、クリックアウトしながらも、徐々に知覚力が向上していくのだろう。
この辺のメカニズムについても、私なりの仮説はある。
クリックアウトしている際にも、理解出来ないながらも何かを知覚しているはずである。
ただし、理解出来ないため記憶に残しようがない。だから記憶には形としては何も無いが
意識はそれを理解しようとしているのではないかと思う。
そしてクリックアウト中も、C1 にいる時も、何らかの形でそれらの知覚を助ける情報を
集めているのではないか(勿論、表面的には何も変化はないので、自分自身は気付かない)
そしてそれらの情報、知識が十分に蓄積された時に、次のレベルについて知覚出来るようになる。
あくまで私の仮説である。
本当のところは解らない。
ただ、このように考えると、クリックアウトし続けても聴き続けることで、いつか知覚出来るようになる、
という事実(みなさん何らかの形で体験されている筈だ)が、しっくりと理解出来るのである。
この辺の事情については、いつかガイドか I/T に聴いてみたいと思っている。

クリックアウトについて、私の考えていること(勿論、私の仮説なので正しいかどうかは判らないが)を
ダラダラと書いてみた。
私のみならず、ある程度知覚出来るようになっている人たちがクリックアウトの嵐に見舞われている
ようなのでちょっと真剣に(たいして真剣でもないが)考えてみた次第である。
何かのご参考になれば幸いである。
長文失礼。

この記事へのコメント

- きらく - 2010年08月18日 18:42:08

jazz さま,こんにちは。
先日の共同探索以来,クリックアウトが続いています。
で,なんとかならないかと思いググってみたところ,この記事にたどりつきました。
とにかく続けることなんですね。
クリックアウトを楽しむことに致します。
ありがとうございました。

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soul station について

物質界と非物質界を行ったり来たり。 自らのヘミシンク体験記録。

ヘミシンクのことを初めて知ったとき、「ホントかよっ!」 と半信半疑だった。 同時に 「ホントだったら凄いな!」 と心の何処かで興奮した。 これは自分で確かめるしかない。 ということで、自らのヘミシンク体験を記録し始めた。

プロフィール

jazz

Author:jazz
プラス思考でもマイナス思考でもなく、ニュートラルが一番と思って生きてきたが、ヘミシンクを通して、やっぱりプラス思考の方が理に叶っていると思い始めている。 趣味はヘミシンク、音楽はジャズ、飲み物はコーヒー、そして機械式腕時計の好きな中年オヤジである。

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