F23?・・・自分の意識の救出

最近、というか少し前からときどき思う。
自分が現実だと思っているこの世界は、もしかしたらF23だったりして・・・
ヘミシンクで言うF23とは、いわゆる信念体系領域であり、
そこに意識が囚われてしまっている状態である。
例えば、交通事故などで突然命を落とした人が、
自分が死んだことに気付かず、意識だけがいつまでもその場に居続けてしまう、とか。
モンロー研でのセッションの中にも「パトリック事件」というのがあった。
これは19世紀に海難事故で亡くなったパトリックという人が、
自分が死んでいることに気付かず、冷たい水の中で延々と救助を待ち続けていた、
という話しである(これがきっかけで、モンロー研ではレトリーバルが始まった)
この信念体系領域というのは、自分の信念が創りあげた世界であり、
一見、現実世界とほとんど見分けがつかないという。
以前、私が行ったレトリーバルにも、家で母親の帰りを待っているときに火災に遭い焼死してしまったが、
その事に気付かずいつまでも母親の帰りを待ち続けている2人の子供がいた。
母親の帰りを待つ、という彼らの信念が創りあげた世界の中で、延々と時を過ごす・・・
自分を彼らの立場に置き換えてみると、とても耐えられそうにない世界である。
だが彼らは気付いていないのだ。それが「囚われの世界」であることに。
だから、自分たちは生きていて、母親はもうすぐ帰ってくると信じて待ち続けていたのだ。
ヘミシンクで行うレトリーバル(救出活動)というのは、
こういう囚われた意識を、その囚われの世界から救出しF27へと導く作業である。
レトリーバルをするときは、何とかして彼らに彼らのいる場所が本来の世界ではないことを
気付かせる努力をする。
あなたがいるその場所は、どこか変じゃないですか?
何か不自然なものを感じませんか?
など、気付いてもらうためにあの手この手を使う。
そして最終的に彼らは自分のいる場所が本来の場所ではないことに気付き、
F27へと移動していく。
F27は転生のための準備をする領域のため、ここまで来て漸く彼らは次のステップに進めるのだ。

前置きが長くなった。
最近私がふと感じるのは、この「何とも言えない不自然さ」なのである。
同じような毎日を繰り返し、時間だけが過ぎていく。
朝起きてシャワーを浴び、朝食を食べて満員の通勤電車に乗り込み会社に向かう。
慌ただしく仕事をこなし精根尽き果てて、再び満員の通勤電車で今度は家路につく。
これを延々と繰り返す毎日に、ふと思うのである。
「私のいるこの世界は、果たして現実なのだろうか・・・もしかしたらF23・・・?」
そんなはずはない、と心の中で大きく否定する。
・・・が、F23に囚われている人たちだって、自分が囚われているなんて思ってはいないだろう。
だんだん怪しくなってきた。
この世界は本当に現実なのだろうか・・・そもそも現実とはなんだろう・・・?
考えるほどに、自分のいる世界の陰が薄くなっていくように感じる。
誰かが私を救出しようとしているのだろうか。
私のいるこの世界が、本来私がいるべき世界ではないことを知らせようとしているのだろうか。
誰がどうやって・・・?
誰が、は判らないが、どうやって、はヘミシンクのような気がする。
ヘミシンクを知ることによって、様々な気付きが私に訪れている。
それにより、今まで考えたこともなかったような事、信じてもいなかったようなことに
意識が向き始めている。
考え方や価値観が、明らかに変化し始めているのだ。

私が今生きているこの世界。
この世界はやはり現実だろうと思う。
もしかして・・・とか思ったとしても、やはり現実だと思う。
だが、自分の意識に関しては、囚われていた何かから解放されつつある。
意識のレトリーバル・・・これもレトリーバルなのだろうか。

この記事へのコメント

ありますよね。 - みかん - 2010年05月21日 06:21:05

おはようございます。jazzさま。
そういう「ここにいる自分が現実なのか否か」っていう、不思議な感覚、わかります。
今見ている「このPCの画面自体、打ち込む文字自体」が存在しているのか?
私がオレンジ色と思う「みかん」は本当に他の人の目からもオレンジ色?
・・・きりがないですが。それで「クオリア」ってモノを知ろう本を読んでみたのですけれど「難解でした」(苦笑)。

- MID - 2010年05月21日 08:31:51

jazzさん、おはようございます。

僕は以前、『登校拒否&引きこもり』の女性をレトリーバルした事がありました。

これもある意味、囚われの意識だと思いチャレンジしたのです。

するとチャレンジ終了と共に、ターゲットの母親より連絡が入り、どうやら娘さんが「お母さん、学校の事、どうしよう。」と、普段は口を利かない娘が言い寄って来たと。

僕は、この件からC1でのレトリーバルをチョコチョコやる様になりました。

でも、救出が必要と考えると、ある意味C1もF23も、近い世界に感じますね。

- sinra - 2010年05月21日 13:51:02

境界線がないのかなぁ・・って思いました。
地球もエササニもなんだか曖昧な関係らしいし
フォーカスの意識レベルも今ここにあるという意識も
実は隔たりがなくて、自分の中も自分の外も
全部同じだったりして・・・・・

だから、今ここ に意識を集中したら、
過去も未来も地球もシリウスも、いたるところから
必要なだけの情報が入ってくるのかしら・・・なんて
ふと、仕事中に心が飛んでいました。

夢が現実なのかもしれませんね。

- きらく - 2010年05月22日 22:48:41

jazz さま,こんばんは。
私はまだ F23 に行ったり,レトリーバルをしたことがありませんが,
最近同じようなことを感じていました。
「類は友を呼ぶ」という言葉のとおり,信念を同じくするものが集まり,
信念が変わると集団から離れる。
信念によってある世界にフォーカスしている。今いる自分もどこかの信念体系領域に属している。
ぼんやりと,そんなことを考えていました。
ヘミシンクによって囚われている信念を解放することで,フォーカス世界が変わる,あるいは全てのフォーカス世界から離れる。
ま,最後のはなかなかかもれませんが。

みかんさんへ - jazz - 2010年05月24日 00:07:48

みかんさん、こんばんは。
こういう感覚は、普通に物質界に生きていて、それが当然で、何も疑いを持たない
人にとっては奇異に感じるかもしれないですね。
考えても答えが出るものではないのかもしれませんが、それでも、こういう感覚に
なること自体、何かきっと意味があるように思えます。
もっと言ってしまえば、その答えは人の数だけあるのかもしれませんね。
私にはやはり、現実と非現実の境界というのはかなり怪しいものなのではないか
と思えてなりませんが、如何でしょうか・・・

MIDさんへ - jazz - 2010年05月24日 00:11:19

MIDさん、こんばんは。
C1でのレトリーバルですか!
凄いですね・・・
でも、物質界も非物質界も同じ世界の異なる側面と捉えるならば、
それも別段、不思議なことではないのかもしれないですね。
貴重な体験をシェアいただき、ありがとうございました。

sinraさんへ - jazz - 2010年05月24日 00:16:28

sinraさん、こんばんは。
sinraさんの考えている事が、実際の世界に近いのかもしれないな、と思います。
物事に区別を付けているのは、人間が物質界で理解するために必要だからで、
実際には物質界も非物質界も、地球も、エササニも、何もかも一緒なのかもな・・・
最近、この手の感覚に襲われることが多くなっている気がします。

きらくさんへ - jazz - 2010年05月24日 00:19:18

きらくさん、こんばんは。
C1もそう言う意味では自分の信念によって囚われた世界なのかもしれないですね。
囚われている意識が解放されれば、C1(現実)も変わる・・・のかもしれないです。
これはいろいろと試してみる価値がありそうですね♪

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soul station について

物質界と非物質界を行ったり来たり。 自らのヘミシンク体験記録。

ヘミシンクのことを初めて知ったとき、「ホントかよっ!」 と半信半疑だった。 同時に 「ホントだったら凄いな!」 と心の何処かで興奮した。 これは自分で確かめるしかない。 ということで、自らのヘミシンク体験を記録し始めた。

プロフィール

jazz

Author:jazz
プラス思考でもマイナス思考でもなく、ニュートラルが一番と思って生きてきたが、ヘミシンクを通して、やっぱりプラス思考の方が理に叶っていると思い始めている。 趣味はヘミシンク、音楽はジャズ、飲み物はコーヒー、そして機械式腕時計の好きな中年オヤジである。

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