過去の記事を読み返していたら・・・

過去のブログ記事を読み返していて、
「へえ、こんなこと書いてたんだ…」
というのが見つかると、自分で書いた文章なのに妙に新鮮な気分になる。
昨年(2009年)の5月13日の書き込みも、そんな文章の一つだった。
ちょっと面白いので、再録してみたい。

(以下、再録文)
よく事実、とか、真実、とか言う言葉を耳にするし、自分でも使う。
だがよく考えてみると、何が真実で何が事実なのか、判らなくなることがある。
先日、仕事上のトラブルで客先に謝罪に行った。
そのとき、先方のお客さんはにこやかに謝罪を受け入れてくれ、
円満にその場が収まった。
これが私の事実。
ところが後で判ったことだが、実はお客さんは内心不愉快の極みだったらしい。
謝れば済むと思いやがって! とかいう感情が渦巻いていたのだろう。
表面上、許したが、決して円満と呼べる代物ではなかった。
これも事実。 では真実は?
見る立場、角度、見方が違えば、同じ物事が全く違ったものになってしまう。
だとすれば、一体何が真実で何が事実なのか。

F35 で地球外生命体と接触し、様々な情報を得ることが出来た。
これは私にとっての 「自ら体験した事実」 である。
だがこの話を、非物質界についてその存在すら信じていない
世の中の大多数の人の一人に話すと、
「お前、大分疲れてるみたいだから、少し休んだ方が良いぞ」
「一回、ちゃんとしたところで診てもらえ」
「・・・そう、良かったね(悲しそうな笑顔)」
みたいな反応をされるだろう。
(それが判っているからそう言う人たちには話さないが)
これも事実である。

世の中で真実と呼ばれているものは、何らかの確証があり、
それを大多数が認めている物事のことである。
地球は丸いということが常識ではなかった昔、水平線の向こうまで船で行くと、
その先は滝のようになっていて奈落の底に落ちてしまうと信じられていた。
その時代には、それが真実だった。
天動説が一般的だった頃、地動説を唱えたコペルニクスが
どのような扱いを受けたか想像に難しくない。
それを支持したガリレイに到っては処刑されてしまった。
この時代、地球が動いていることは、それが事実であっても
真実ではなかったのだ。

この観点からいくと、地球外生命体の存在、さらにそれらとの接触については、
今はまだ真実ではない、と言うことになるのだろう。
だが、ガリレイが我が身を投げ打っても自らの立場を通した地動説は
今やれっきとした真実となっている。
今真実として認められていない物事が将来にわたっても真実ではない
と言うことではないということだ。
地球外生命体について、
私も自らの体験なしにはとてもじゃないが信じられなかったと思うし、
そういう意味では世の中の大多数が信じられないのは理解出来る。
ヘミシンクを通して体験して初めて、
「もしかして、これ本当の事なんじゃないの?」 と思えたのだ。

私の体験を信じて欲しい、とは言わない。
無理だと思う。それで良いとも思う。
所詮、人間は自分で体験したことしか
実感を伴って、本当の意味で信じることは出来ないのだ。
自分で体験しながらも、すべてにおいて信じ切れている訳でもない。
「これ、本当に本当かよ?」 と半信半疑な部分も多々ある。

だからこそ、その確信を持ちたいがために、探索を続けているのだ。

そして確信は、日を追うごとに強まってきている、と言うことだけ
ご報告しておきたい。
(再録文、以上)


結局は、自分で体験するしか確信は持てないよ、
ということか。

面白い。

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soul station について

物質界と非物質界を行ったり来たり。 自らのヘミシンク体験記録。

ヘミシンクのことを初めて知ったとき、「ホントかよっ!」 と半信半疑だった。 同時に 「ホントだったら凄いな!」 と心の何処かで興奮した。 これは自分で確かめるしかない。 ということで、自らのヘミシンク体験を記録し始めた。

プロフィール

jazz

Author:jazz
プラス思考でもマイナス思考でもなく、ニュートラルが一番と思って生きてきたが、ヘミシンクを通して、やっぱりプラス思考の方が理に叶っていると思い始めている。 趣味はヘミシンク、音楽はジャズ、飲み物はコーヒー、そして機械式腕時計の好きな中年オヤジである。

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